無題(2期生図書部活動録)
くおーん
一話…①
奥の方の本棚から一際分厚い本を取り出す。発行されたのはもう何十年も前だが、ほぼ読まれておらず、まだ綺麗なままだ。今日はどこまで到達できるだろうか、軽く首を鳴らして本を開いた。
「ここにいたのか!湯原くん!」
猛々しい大声に思わず肩が跳ねる。と同時に本を取り落として、挟んでいた栞が外れる。落ちた本を机に置き、嫌々と入り口を見る。仮にも図書室だというのに、ここまで騒がしい人物は一人しかいない。
「その登場の仕方はやめてくれって言いませんでしたか、丹羽先輩」
「不満か、なら私のラインを見ずに放置するのはやめるんだね。そうすれば手っ取り早いんだから」
先輩が僕のいる席の対面まで歩いてきて座る。
「いやそれは、先輩が意味なくスタンプを押してうるさいから通知をオフしているのであって、原因はどっちかというと——
「いや、そんなことを言いにきたんじゃない。話を逸らさないでくれよ」
自分から振ってきておいて、ここまで理不尽に話を通そうとする手際の良さにはもう感心するほかない。
「実は、ひさびさに“事件“があったんだよ」
前置きもなくそう告げてくるので、一瞬硬直する。が、すぐに身を乗り出す。
「またですか……それで、何があったんですか。教えてください」
丹羽先輩が一呼吸おいて、詳細を話し始めるのを見て、落ちた本を拾い上げて、栞を戻す。
もう今日は読み進めることは出来なさそうだが、仕方ない。それよりも、“事件“と言う単語の響きに高揚している自分がいるのがわかった。
「最悪だった……」僕は丹羽先輩と駐輪場まで歩いてくると、徒労を押し出すように息を吐いた。駐輪場の近くで、部活終わりと思しき生徒のいくつかのグループがたむろしているのが目に入る。
「どうした、1日の終わりだからって元気が無さ過ぎない?もっと明るくいこう、ポジティブポジティブ!」隣を歩く全ての発端が、気合いだけが取り柄のスポーツマンのようなスッカスカの言葉で励ましてくる。
「事件だとか言われて、意味もなく校舎を巡回させられたら、普通はこうなると思うんですけどね」
悪意を隠すこともない苦言をぶつける。流石に罪悪感を感じているのか、謝るように手を胸の前で合わせた。
先輩の言う大事件、という名目で頼まれた事は、無くしたかもしれないスマホを探すと言うことであった。
正直ただの野暮用だ。乗り気では無いので断ると言う選択肢はあったが、日頃の感謝が(限りなくゼロに近いが)ない訳でもないので。渋々手伝うこととなった。
図書室から出て探し始めたものの、心当たりは空振り、しらみ潰しに校内を回っても見つからずに小一時間。
先輩が自販機にいこうと財布をリュックから取り出そうとした時、奥底に電源の切られたスマホが見つかったのがついさっきのことだ。
「いや仕方ないところはあるじゃんか。追試があって電源消してたから、実質教師の方々のせいと言っても過言ではないんだよ」
「言い訳にもなってませんよ…もう良いです。ただ、これからはもう引き受けませんから、覚悟しといてください」
「そんなこと言わないでくれよ、湯原くぅん。今回ばかりは反省してる。すみませんでした」
柄にもなく低姿勢で謝ってくる。と思われたが、薄目を開けて機嫌を伺っているのが丸わかりだった。
「じゃ、僕はそろそろ帰りますんで、さようなら」
「本等に悪かったと思ってるよ、だからこれからも何卒———」
戯言を無視して鍵を開け、自転車を屋根下から出す。そのまま裏門へ向かおうと思ったその時、奥の方から声がした。
「はぁ、なんっだこれ!ふざけんなよ!」振り向くと、さっきまで楽しそうに喋っていた男子生徒が数台の自転車を囲んで、剣呑な空気を漂わせていた。
「何事かな?」
「喧嘩ではなさそうですけど」
すぐさま丹羽先輩がそちらに駆け寄っていくので、仕方なく着いて行く。この躊躇せずに突っ込んでいく性格は、唯一羨ましいところだ。
「どうした進藤、冴島、何かあったの?」
「どうもこうもねぇよ!これから帰ろうって時に、最悪だ!」三年の顔馴染みなのか、進藤と呼ばれたテニスラケットをぶら下げた人は怒りが脳内を占めているようで、湯原には目もくれなかった。
「ちょっと困っててね、コイツの自転車が動かなくてさ」
もう一人の冴島と呼ばれた先輩が、代わって事情を説明してくれる。
「動かない?鍵がないってことですか?」
「いや、なんて言えばいいのかな…ちょっと見てくれよ」
そう言われ、丹羽先輩としゃがんで後輪部分をのぞく。そこには自転車に備え付けられているサークル状の鍵と、もう一つダイヤルロック式の鍵がつけられていた。
「なんで鍵二つもつけてんの?防犯意識?」
「いや、誰か別の人の鍵が掛けられてるってことじゃないんですか、これ」
「丹羽、後輩君が大正解」
「まあ、これぐらいのこと少し考えたらわかることだからなぁ」
変なところで張り合わないでほしい。
無視して話を続ける。「これって間違いなく意図的にやられてますよね」
「そう、たぶんいたずらでやられたんだろう。趣味が悪い」
「下校前だってのに傍迷惑な輩がいたことだ」
先輩と三人で状況を整理しているのを横目に、進藤先輩がガチャガチャと音を立て、力任せにダイヤルロックを開けようとする。
「そんなことして開くわけないだろ、校務員の人呼んでくるぞ」
「ああ面倒くせぇ」進藤先輩は一言悪態をついたが、大人しく校舎の方に向かって行った。
「あ、丹羽達はそこで自転車見ててくれない?流石にないだろうけど、また何かされるってこともありそうだしさ」冴島先輩は一言そういって、進藤先輩の後を追っていく。
僕と丹羽先輩は顔を見合わせる。
「これは事件だよね?」
「流石にそうですね」話を聞いた限り、これは見逃せるような事態ではない。
「つまりこの時間まで帰らせなかった私のおかげだってことだよね?」
「…………」
さっきまでのしおらしさが嘘だとしか思えないような、勝ち誇ったような顔が癪にさわる。
仕方なく精一杯口角を持ち上げて、ありがとうございました、と絞り出すように発した。
無題(2期生図書部活動録) くおーん @ayatuzi10
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