第5話/獲物
お金を他人よりも多く得る方法は、沢山あるだろう。
新しい物を生み出したり、求められているのもを用意したり、自分にしか出来ないことをアピールしたり。
けれど、それらの全ての方法に、一貫して言える事がある。
それは“普通の人”と同じやり方では出来ない事だ。
お金持ちになりたい少年がどんなに一生懸命真面目に働いたとしても、それが“普通”という枠組みから出られなければ、いつまで経っても多くのお金をもらえる事はないだろう。
何故ならば、その少年は、人よりもお金を貰うだけの“価値”がないのだから。
ただ沢山働いているだけでは、価値によってお金が増えたのでは無く、時間とお金を交換しているだけに過ぎない。
時間ではなく、価値をお金に変換する事。
それは人よりもお金を得る為に必要な条件の一つとすら言えるだろう。
では・・・
その価値は、どうやって生み出すのか?
俺はその方法が、3種類あると考えている。
一つは才能だ。
有名なスポーツ選手やアーティストの給料が高いのを見れば明白だろう。
もう一つは環境だ。
一見なんてことのない存在が、運やタイミング、戦略なんかで宝くじの如く大きな成果を得る事が出来ることもある。
そして、もう一つ。
それは・・・
「さぁ、どうやってこの獲物を釣り上げようか」
俺は2人の男たちの方へ、一切の動揺も無く踏み出した。
男たちはどちらも大柄で、18歳の少年の体よりも大きい。
彼らは懐に手を突っ込み、仕込んでいたのだろう、短剣を取り出した。
さすがファンタジー世界。
懐から取り出された短剣はシンプルな包丁とかではなく、青ガラスで装飾が施された刃物だった。
「え!?うそ!?」
俺の後ろでアビスが酷く動揺している。
彼女はきっと、まさかこんなところで刃物を持った男に襲われるとは考えもしなかったのだろう。
そして普通は襲われたりもしないだろう。
何せ子供が楽しそうに出歩く街の中である。
本来ならば、こんなところに追い剥ぎみたいな輩は出ない。
しかし、俺は、今までの人生の経験値から、治安が良い街の本質を知っていた。
「これだけ安全な街なんだ。いるとは思ってたよ」
「・・・ガキ、俺たちを知ってるのか?」
片方の男が眉根を顰めた。
「アンタらの事は知らない。でも、アンタらが、どういった輩なのか、は知ってる」
ヤクザ。
暴力団。
その筋の人達。
色々な呼び方があるだろう。
彼らは必ず街の裏側で顔を効かせており、その代わりに街を陰ながら支える役割を担っている。
簡単に犯罪を犯す者、悪さを働こうと考える者達を密かに消したり、引き込んだりする事で、この街の治安は守られているのだ。
「一応聞くけど、私に何か用かな?」
「要件は一つだ。この街から出ていけ。それが出来なければ、力づくで消させてもらう」
「理由は?」
「令嬢を引き連れて、見せ物にしている男がいると噂がたった」
「ほう・・・」
「貴族の宅を襲った犯罪者の可能性があるとの事だ」
「なるほど」
まぁそんなところだろうな、と頷く。
あまりあからさまに犯罪者らしい行動をすると、普通に警察を呼ばれておしまいだ。
けれど、犯罪者かもしれない、と町民に思わせれていたならば、同じ犯罪者の集まりとも言えるヤクザ達の方が対処が素早い。
彼らは言わば必要悪。
街を守る陰の存在なのだ。
「で、アンタ達の見立ては?」
男達に問いかける。
すると彼らは、軽蔑するようにギロリと睨みつけて来た。
「一目で分かった。お前はこの町に歩いていて良い人間じゃない。さっさとこの街から出ていくべきだ」
「はは、そうかい」
さすがは女神のよこした特殊能力。
ヤクザにも一目で嫌われている。
「それと・・・」
片方の男がアビスの方へと目を向ける。
「そこのお嬢ちゃん、君は俺たちが保護する」
「・・・え!?」
アビスは何が何だか分からないと言いたげな上擦った声を漏らす。
仕方のない事だろう。
今の彼女には、どうして男達が刃物を俺に向けているのかも、彼女自身がどう見られているのかも分かっていないのだろうから。
だが現状では、それらを理解する必要はない。
何故ならば・・・
この展開を作り出したのは、俺の意思なのだから。
「そう言われると思ってたよ」
「あん?」
「そして、アンタ達の言うことを聞くつもりはない」
すると男達に目つきは明らかに鋭くなる。
彼らの体から、殺気のような威圧感が醸し出される。
「従わないのなら、消すしかないな」
「まぁ、そうなるよな」
俺が能天気に頷いていると、後ろから服の袖をチョンチョンと引っ張られる。
「か、カヅキ様・・・、に、逃げましょう!」
余裕に満ちた俺の表情とは反対に、アビスは顔面蒼白になっている。
そりゃそうだ。
こんな刃物持ちの大柄な男達に殺気を向けられて平然としていられるのは、俺や日本にいるであろう俺の友達くらいのものである。
アビスの震える手をそっと握ってやりながら、俺は首を振った。
「獲物を前に、逃げる漁師はいないだろう?」
「へ?」
「チャンスは、臆していてはモノにできないという事だよ」
何を言っているんだと、?マークいっぱいに首を傾げるアビスを視界から外す。
改めて目の前に対峙した大柄の男たちは、2人ともダラリと肩からぶら下げている右手に先ほどの短剣を握っていた。
男達の目つきは鋭く、今から行おうとしている暴力に一切の躊躇いを感じない。
(なるほど、これは人殺し経験者だな)
片方の男がボソリと呟く。
「見れば見るほど、不快感を煽るやつだな」
「それはすまないね。生まれつきなもので」
「自分の軽薄な選択を、後悔するんだな」
「軽薄・・・か」
残念ながら、俺の選択に後悔は、無い。
ビュンッ
という刃物が空気を切る音が鳴る。
しかしその直後、
ドシャッ
という人が地面に叩き付けられる音が響いた。
「な!?」
誰かが驚愕の声を漏らした。
そして俺の後ろに立っていたアビスが、
「へ?」
と素っ頓狂な声を漏らしている。
彼女の目には、五体満足に立っている俺と、一瞬にして地面に仰向けで転ばされた男の姿が見えている事だろう。
「な、にが・・・」
転ばされた男は、何が起きたのか理解できず唖然としている。
「合気道って言うんだ。知り合いに達人の爺さんがいてね」
「なんで、俺は・・・」
あまりにも一瞬の出来事で目を白黒させている男の手を離してやる。
「っ!?」
それによって体の拘束が解かれ、男は慌てて起き上がった。
「さっき、私を消す、とかなんとか言っていたよね?」
「っ・・・」
「私の故郷ではね・・・、”正当防衛“という便利な言葉があるんだ」
「ガキ・・・、お前なにもんだ?」
「もちろんこの世界にも、その概念はあるだろう。つまり、命を狙われかけた俺は、アンタらの命を狙えるということ」
その瞬間、男達は息を呑んだ。
目の前にいるのはただの18歳の少年。
しかしその少年から発せられる、子供とは思えない気配に、男達の本能は警笛を鳴らしている。
転ばされた男が、短剣を構え直す。
「その細い体で、俺を殺せると思ってんのか!」
本能が訴える恐怖をかき消そうとするかのように、男は吠えた。
しかし、その威嚇こそが、俺の優位性を証明してくれる。
俺はニヤリと微笑むと、男をジロリと見やる。
「殺せるけど、殺さない。言っただろう?アンタ達は“獲物”なんだ。“お金”を生み出す、大切な・・・ね」
彼らは獲物。
そう。
彼らは、俺がお金を稼ぐ3つ目の方法。
犯罪者と同じことをやっているのに、“権利”という隠れ蓑によって正当化された行為。
正しい悪行。
「搾取とは、その行いに正当性があるからできるのだということを、教えてあげるよ」
俺が使う、人よりも多くお金を得る方法。
それは・・・
正当性に基づいた、『搾取』である。
億万長者の俺が、異世界転生したら借金地獄だった話 幸雪 @luckysnow
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