第4話/嫌われ者が出歩くと
「あっち行きな!気色悪い!!」
気持ち悪いか〜。
「テメェに売る飯はねぇよ!クソガキが!!」
売ってくれないのか〜。
「キモ!?何であんなのが外歩くのかな・・・」
外で歩くだけでもダメなのか〜。
「・・・・・・」
「あの、皆さんは、何であんな酷い事を言うんでしょうか?」
「何でかな・・・」
「カヅキさんは全然気持ち悪くないのに・・・」
アビスが悲しそうな声で周囲の人々を見ている。
因みに周囲の人は、まるで疫病神を見るかの様な不快に満ちた顔つきで俺を見ており、俺からは必ず5m以上は離れていた。
「凄いな、逆に・・・」
まさか女神から貰った能力“1人以外の全員から嫌われる”というものがここまで強力なものだったとは。
これでは本気で会話どころでは無い。
しかもこちらは何もしていないのに唐突に嫌われているので、手の打ち用もなかった。
「念の為確認しておきたいのだけど、アビスさんは私と居ても大丈夫かい?」
「わ、私は、カヅキ様の味方でいます!絶対に!」
「ありがとうね」
なんて優しい子なんだ。
この少女が一体どうして俺のことを嫌わないでいてくれるのか、俺の“特殊能力”とやらがどの様に作用したのか、全然分からないままだが、アビスが俺にとっての唯一の癒しになった事は間違いない。
(絶対に嫌われない様にしよう・・・)
と、改めて誓ったのだった。
「しかし、ここまで嫌われてるとはな・・・」
「カヅキ様は、その、ここの方々に何かされたのですか?」
「何もしていないよ?」
「そ、それなのに、あそこまで言われるんですか・・・!?」
「不思議だよねぇ・・・」
アビスが顔を真っ青にしている。
何やらぶつぶつと「この街、怖い・・・」と言っているので街の人々の態度が悪いのだと誤解している様だ。
「試しにアビスさん1人で買い物をしてみなよ」
「え!?」
「私だとパン一つ買えないみたいだし、アビスさんなら買える筈だから」
「ええ!?む、むむむ、無理です!!」
「大丈夫だよ。きっと優しくしてくれるから」
「で、でもでも・・・」
オロオロしているアビスに1000リンの通過を持たせ、背中を押してやる。
「大丈夫。私を信じなさいな」
「え、う、うう・・・はい」
何度も不安げに俺の方を見た後、渋々と言った感じで歩き出した。
そうしてパン屋の出店の前に立ち、オドオドとしながらも何かの商品を注文している。
出店の店主は先ほど俺に対して「クソガキが!」と言っていたのだが、アビスに対しては優しく慈愛に満ちた顔つきで接客してくれている。
アビスの顔がお面のせいで見えないが、おそらく優しい言葉しか言われていない筈だ。
「どうだったかな?」
パンを持って帰ってきたアビスに聞くと、アビスは信じられないとでも言いたげな震えた声音で
「凄く、優しかったです」
「そうだろう。私もこの街のことはよく知らないが、これだけ賑わっていて、接客はしっかりしている」
未だに自分のいる街の名前すら知らない俺だが、この街の治安が良いか悪いかくらいなら分かる。
小さい子供たちが親を連れて露店を見ていたり、路上ミュージシャンと思わしき少女が音楽を奏でていたりと、とても良い街なんだろう。
そんな街にいる彼らがひたすら俺を敵視するのは、俺の能力のせいに他ならない。
「きっとこの街の人々は、良い人達ばかりだと思うよ」
「じゃ、じゃあ、カヅキ様はどうして酷い事を言われているのでしょう?」
「不思議だよねぇ・・・」
それから俺たちはアビスが必要な品々を揃えるために買い物を続けた。
衣服に家具、生理用品に化粧品と買うべきものは沢山ある。
借金の返済に充てなくって良いのかって?
毎月の返済額は55億である。
1、2万リンの出費など誤差にすらならない程の小さな金額だ。
一応このカヅキ・カシュランという男が持っていた財布には100万リン程入っていた。
予想するにこのアビスという少女を買い取るために用意した金だったのだろう。
それが一兆リンという途方もない金額となり、ショック死をしてしまったのだろう。
若者特有の楽観視をし過ぎた最悪に近い事例だろう。
「ハァ・・・」
本当にこの先どうしようか・・・。
55億の返済日まで残り28日。
街では既に碌に会話出来ない状態。
ポケットマネーは100万リン。
唯一協力してくれるのはお面を被った少女1人だけ。
「キツイなぁ・・・」
「す、すみません。お金、持ってなくて・・・」
「え?」
アビスの方を見ると、あからさまにしょんぼりしている。
今の彼女は、先程購入したドレス(購入のコミュニケーションはアビス本人がやっている)を着ている。
ドレスはあまり煌びやかなものでは無く、普段使いでも許される程度の上品さと美しさを纏った赤と白を基調としたドレスだ。
それを着てしょんぼりする彼女の姿は、一兆という購入価格のインパクトに負けない貴族顔負けのお淑やかさが見て取れる。
(まあ、狐のお面の所為で若干変な人に見えないこともないが・・・)
おそらく彼女は、俺が落胆している理由を自分の生活用品にお金がかかるせいだと勘違いしているのだろう。
「ハハハ、その事は一切気にしなくて良い。必要なものに対してケチケチする事など、その後の人生に一銭のプラスにもならないからね」
「で、でも・・・」
「それに私はアビスさんを買ったのだから、アビスさんにしっかりとした生活を出来るようにする事はこちら側の義務だよ」
そう。
これは購入者に義務だ。
(そういえば・・・)
今更なのだが、俺とアビスはいったいどういう関係なのだろうか?
当の購入者であるカヅキ・カシュランの記憶が全く無い所為で彼女を“何の為に買ったのか”が分からない。
日本では当然人身売買など許されていなかったので、“人を買う”なんて行為はした事がないし、やろうと思ったこともない。
(強いて言うのなら、パパ活とか風俗とかが近いのだろうか?)
でももし体目的で女の子を買うのなら、普通もっと手頃な値段の女を買うものではないだろうか?
まさか思春期の少年が、童貞を捨てるという目的の為だけに一兆リンもの借金を背負うか?
絶対にないと思う。
そんな考えで買ったのなら童貞喪失と一緒に心臓も喪失する気でいる事になる。
この少年が何を考えてアビスを購入したのか分からない以上、あまり勝手な事はしたくない。
今は俺の体になったとはいえ、カヅキ・カシュランという少年の意思は尊重したいからだ。
「か、カヅキ、様?」
オドオドとアビスが様子を伺ってきた。
どうやら少しぼーっとしてしまったらしい。
「すまない、考え事をしていたんだ。何かさっき言ったかな?アビスさん」
「いえあの、その・・・」
いつにも増してアビスが言いづらそうにモジモジしている。
お手洗いは先ほど行っていた筈だから、お腹が空いたとかだろうか?
しかし彼女の手にはパンが入った袋がぶら下がっている。
「何を言っても大丈夫だよ」
「えっと、実はですね・・・」
「うん」
「私の個人的な意見というか、その、カヅキ様に文句がある訳じゃなくて・・・」
「文句でも何でも、私は言って欲しいくらいだよ?」
「ええ!?そ、そんな、本当に文句なんてありません!」
「なら、言いたくなったらしっかりと言うんだよ。言ってくれたら私も直ぐに直すからね」
そうして少しでも嫌われないようにしたいのである。
好感度というのはどうしても客観視が難しい。
体臭とか、変な癖とか、自分じゃ気付けない事が嫌われる原因だったりするのだ。
そういう気付きにくい所で嫌われる前に、アビス本人が「ここが嫌!」と言ってさえしてくれれば、直ちに直す事が出来るのだ。
「わ、分かりました・・・。い、言えるように頑張ります」
「うん。どうか、よろしく頼むよ」
「はい・・・。でもその、今は本当に文句とかじゃなくて・・・」
「うん」
「その・・・」
アビスはまたも良い淀む。
そんなに言いにくい事なのだろうか?
そこまで言い辛いと言う事は、それ相応にデリケートな話題と言う事なのだろう。
「もしかしてだが、私の体臭は臭いとかかな?」
「え!?」
「すまないね。あまり近づかないようにした方が良かったか・・・」
何せほぼ全ての人間から嫌われると言う能力を持っているのである。
誰もが嫌う何らかの汚点があってもおかしくない。
するとアビスは慌てて首を振った。
「ち、違います!!ぁ、カヅキ様は全然臭くなんて・・・。て言うかむしろ、その、ぃぃ・・・」
「ん?」
「あ!?いや、と、とにかく、全然近くにいて欲しいです!・・・いや!!、その!!、変な意味じゃなくて!!」
「そ、そうかい?」
突然アビスが声を荒げたので、こちらも少し驚いた。
何故か彼女の耳は髪の毛の色に負けないくらい真っ赤っかになっている。
何故彼女は血圧が上がっているのか分からないが、少なくとも俺の体臭は臭くない事が分かって安心した。
「じゃあ、いったいどうしたんだい?」
アビスは先ほどからいったい何を言おうとしているのだろう。
アビスは観念したように、少し肩を落としながら渋々答えた。
「その、せっかく日用品を買って頂けるのは本当にありがたいのですが・・・。その・・・」
「その?」
「た・・・」
「た?」
「高い、物を、選び過ぎではないかと・・・」
「え?」
「その、化粧品とか、服なんて、私には安い物でも、全然良いので・・・」
「高い・・・?」
俺は頭の中で?マークが浮かんだ。
俺の常識では、女性の服や化粧品はしっかりとちゃんとしたものを買うべきであると考えている。
俺がエスコートするからにはそれが当然であり、今までの人生で出会ってきた女性もこれぐらいを当たり前としていた。
それは当然お金が無いのならやるべきでは無いが、今はしっかりお金がある。
そして借金返済に向けてお金だって稼ぐのだ。
この場でアビスの服や化粧品を無理に安物で済ませる必要な無いのである。
「ふむ、私としては君にこの価格帯の品しか揃えられない事を、少し悔しく思って居たんだが・・・」
「く、悔しいって・・・えっと、服とか、総額50万リンは使ってますよね・・・」
「たった50万だ。一着でそれ以上する服だってある」
「あの、こう言っては何なのですが・・・しゃ、借金だってあるのに・・・」
「勿論、それはそれでどうにかするよ。でもね、借金があるからって質素にし過ぎるのは良く無い。お金というのはね、普通の暮らしがあって、労力をかけられる“余裕”があって初めて生み出せるんだ」
「余裕、ですか・・・?」
「そう。人生の“ゆとり”とも言うね」
「・・・分かりました、けど・・・、こんな高価な服を着るのは、さ、流石に」
アビスは赤と白のドレスのスカート部分をチョコンとつまむ。
「うん。最高に似合ってるね」
「にゃ!?・・・その、あ、ありがとう、ございます」
またアビスの耳は真っ赤っかになってしまった。
感情豊かな少女と話しているだけで、おじさんの心は癒やされていく気がする。
「ど、どうして・・・ここまで、してくれるんですか?」
「どうしてって・・・」
それは勿論嫌われたくないからだし、俺にとっての当たり前を行っただけであるが。
(この子にとっては、そうではない・・・か)
「そうだな、”どうして“に対する答えとして一番しっくりくるのは、“喜んで欲しいから”じゃないかな」
「え?」
「私は女性にサプライズをするのが好きでね。良くプレゼントを唐突にあげたり、隠れてパーティの用意をしていたりしたのだけれど」
これは日本での話だ。
俺がまだ、おじさんになる前の話かもしれない。
「その時に見られる女性の笑顔が、好きだったんだと思うよ」
「・・・」
(あ、しまった・・・)
「あっと、勘違いしないでおくれよ?別にアビスさんの素顔を見たいと言ってるわけじゃないんだ。これはただの理由であって、それ以上でも以下でもない」
「は、はい」
せっかく真っ赤っかになっていた耳は元の肌色に戻り、彼女のテンションも少し落ちてしまっている。
ああ、下手に昔のことを話すんじゃなかったな、と少し後悔した。
「カヅキ様に、こんなに良い物を買って貰っているのに、・・・私」
「無理に顔を見せようとしなくて良いんだ。笑顔が見たいとカッコつけて言ったけど、要するにアビスさんが喜んでいる姿を見たいんだから」
「カヅキ様・・・」
「それに、アビスさんにわざわざその服を着て貰った理由は、もう一つあるんだよ」
「え?」
「正直この理由は、相当格好悪いから、黙ってるつもりだったんだけどね」
「なんなんですか?」
俺は、アビスの横を歩きながら、ふと後ろを振り返る。
振り返った先には2人の大柄の男が付いてきていた。
その男たちのことは、勿論知らない。
カヅキ・カシュランならまだしも、俺の頭にある知人リストには全く引っかからない男たちだ。
「え?誰、ですか?」
「さぁね」
俺の後に遅れて振り返ったアビスは、そこに居た2人の男達に困惑の表情を見せる。
一方で俺は、思わず笑みが溢れそうだった。
何故ならば、
(上手く引っかかったな)
意図的に撒いた餌に、うまいこと獲物が食いついたからである。
「さぁ、後は上手いこと、釣り上げるだけだね」
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