第3話/優しい少女

「やりずらいわっ!!」


「ひゃっ!?」


 俺は飛び起きた。

 どうやら俺の近くに居てくれたらしいアビスが、飛び起きた俺の声に驚いてしまった様で、少し俺から身を引いている。


(まさか、もうあの女神から貰った能力が発動してるのか!?)


 俺は嫌悪感を抱かれない程度に距離を取りつつ、恐る恐る聞いてみる。


「アビスさん、私の事は、その・・・き、嫌いかな?」


「え?」


「突然で申し訳ないが、どうか正直に答えてほしい。私の事は嫌いではないかい?」


「・・・」


 アビスの顔に当然の事ながら困惑の雰囲気が醸し出される。

 顔は相変わらず狐の面で隠されているので、どんな表情をしているのか見て取れないが、確実に眉は顰めている事だろう。


「え・・・っと」


 しかしアビスはオロオロとしながらも答えてくれる。

 多分この少女はとっても良い子なのだろう。


「嫌いでは、無いです。むしろ、とても感謝、しているくらいです」


「感謝?」


「はい。・・・私、知っての通り、”禍つ人“なので」


「そ、そうか・・・」


 ・・・。

 知らん!!

 何だ?『まがつびと』って!?

 その狐の面で顔を隠している事に関係していたりするのだろうか?


「う、うーむ」


 アビスという少女に更なる疑問が生まれたが、今は取り敢えず安心しておく。


「どうやらアビスには嫌われていないか・・・」


 一兆の負債と引き換えに手に入れた少女にまで全力で嫌われてしまったら、もうこの異世界で生きていける気がしない。


(あれ?嫌わない1人は俺の事をどう思ってくれるんだっけ?)


 女神が何か言っていた筈なのに、肝心なところが上手く思い出せなかった。


「って、あれ!?私の服が・・・」


 今まで気づいていなかったが、俺の服がいつの間にか寝衣になっている。

 気を失った時は確実に外出用の服だった筈なので、誰かに着替えさせてもらっていない限り寝衣にはなっていないだろう。


「も、もしかして、私が寝ている間に着替えさせてもらってしまったのかな?」


 アビスを見ると、照れた様に少し下を俯いてしまう。


「は、はい・・・。寝衣がベットにあったので、その、ダメかなとも思ったんですけど・・・」


 どうやらアビスが俺を着替えさせてくれたらしい。

 なんて良い子なのだろうか?

 優しさの塊みたいな少女に感謝しかない。


「ありがとう。おかげでぐっすりと寝れたよ」


「い、いえ!私には、その、これくらいしか出来ないので・・・」


 俺の言葉にテレテレとする様子は本当に微笑ましく、謎に我が子を見守る父親の様な幸せな気持ちになってくる。

 精神年齢で考えればまさに父と娘くらい離れているのだろうが、身体的年齢は同い年くらいなので変な感じだ。


「そうだ、アビスはその・・・どうして面をかぶっているんだい?」


「あ、これですか?」


「そう、その狐のお面だ」


 アビスはキツネの面の端を摘むと、取り外そうとはせずに少し俯いた。

 もしかしたら顔に傷とかがあって、触れられたくない話題だったのかもしれない。

 俺は慌てて言葉を付け足した。


「勿論言いたくなければ言わなくて良いんだ。会った時から気になっていたから聞いてみただけでね」


 だから別に詮索しようとなんてしていないよ、と伝えようとしたところで、アビスは首を横に振った。


「いいえ、私がこの姿に慣れてしまっているだけで、その・・・決して話したくなかった訳ではないと言いますか・・・」


 アビスは狐の面を持って取り外そう・・・とはしたが、すぐにまたかぶってしまった。


「でも、やっぱり、あまり話したい事ではないのかもしれません」


「うん。そうか・・・。それならそれで良いんだ」


「カヅキ様・・・」


「私はアビスに嫌われたくはないからね。嫌がる事は絶対にしない」


 おそらくまだ嫌われていないアビスに嫌われてしまったら、俺を嫌わない存在がおそらくこの世から消えてしまう気がする。

 女神の言ったあの能力が正確にはどう言ったものなのかはまだ把握出来ていないが、少なくとも俺を嫌わないただ1人の存在とは、目の前にいる少女の事なのだろうと俺は思っている。

 借金の事といい、能力の事といい、俺と彼女はそういう巡り合わせになっている気がするのだ。


「ふふっ・・・」


 すると唐突に、アビスが笑い始めた。

 俺は何一つ面白い事を言った覚えがないので、おそらく彼女自身の思い出か何かで笑っているのだろう。


「どうかしたのかい?」


「いえ、嫌われたくないなんて、不思議な事を言うなって思いまして・・・」


「はは・・・、当然じゃないかな?君みたいな綺麗な女の子には、誰だって嫌われたくないものだよ」


「!?・・・き、綺麗だなんて」


「私は何か間違った事を言ったかい?」


「お、お面をかぶってるんだから、カヅキ様は私の顔を知りません」


「『綺麗』という形容は、必ずしも顔の造形に対しての言葉じゃないよ。仕草や心根、その人の雰囲気に対しての言葉でもあるんだ」


 一応あえて伏せたが、体つきに至っては綺麗を超えてちょー綺麗と言ったって良い。

 おじさんハートには彼女のプロポーションだけでご飯三杯余裕でいけてしまうほどの破壊力を持っている。

 一応、あえて伏せたのだが・・・。


「私に目から見たアビスさんは、何処からどう見ても綺麗だよ。それは誰が何と言おうと変わらない。私の本心で、心からの賛辞だ」


「・・・あ、ありがと、ございます」


 照れているのか俯きながら手をぎゅっと握りしめている。

 髪の毛が真っ赤であるから分かりにくいものの、よくよく見れば耳は髪の毛と同じくらいの赤くなっている。


「そ、そんな事・・・その、初めて言われました」


「じゃぁこれからは、そんなに照れなくても済む様に、毎日言わないとね」


「ふぇ!?そ、それは・・・こ、困ります」


「割とすぐに慣れるよ」


「・・・はい」


 真っ赤になっている耳を見ていると、少女の頭を撫でてあげたいという庇護欲が猛烈に刺激されるのだが、俺は鋼の理性でこれを我慢する。

 調子に乗って気安くボディータッチをしてしまったら、我々おじさんは簡単にセクハラ認定されてしまうのだ。

 先も言った通り彼女にまで嫌われたら俺の第二の人生は終了に等しい。

 少しでもアビスに不快感を与えない様に細心の注意をするべきだろう。


「それじゃ、まずは着替えたいのだけど、あっちを向いていてもらってて良いかな」


「!?・・・は、はい!」


 アビスは後ろを向くと、緊張しているのかピーンと背筋を伸ばしている。

 俺の外出用の服は、綺麗に畳まれていた。

 何から何までよく出来た娘である。

 一兆という異次元の負債を背負ったが、この少女の為であったと思えば、意外と納得できる気もした。

 カヅキ・カシュランは、良い買い物をしたのかもしれないな、と冗談混じりに思った。

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