第2話/転生特典と言うよりは嫌がらせに近い

「はっ!?」


 俺が目を覚ましたそこは、真っ白な空間だった。

 眩しいほどに明るく、影すら出来そうにないほどに光で満ち溢れていた。


「ここは・・・」


この場所に、俺は一度来た覚えがある。


「精神と時の部屋!!」


「私の部屋を修行場と一緒にしないでくださいますか?」


「あ?」


 後ろから聞き覚えのある女性の声が聞こえてきた。

 その声は何とも耽美でありつつ、何処か人間離れした声音であった。


「これはこれは、先日お会いした女神様ではありませんか」


「はい。女神ですよ」


 見ると、痴女かと思えるくらい肌を露出させた美女が俺のすぐそばに立っていた。

 俺の今の体だと身長は180cm以上ある筈なのだが、目の前の女神はこの体より頭二つ分背が高い。

 ここまで巨大であると、せっかく破廉恥な服装だったとしても欲情する以前に恐怖の方が勝るのである。


「相変わらずお美しいお姿ですな」


 敬意を示す意思を見せながら、礼と共にさり気なく距離をとっておく。

 こんな巨大な女が目の前に立っていると、落ち着かないからだ。

 女神は俺の真意に気付いているのかいないのか、優しい笑顔で頷いた。


「ありがとうございます、カズキ様。・・・いえ、今はカヅキ様でしたね」


「おかげさまで」


 おかげさまで借金一兆を背負わされましたよ、と言う言葉をグッと飲み込んだ。


「麗しき女神様が、凡人の私になんの誤用でしょうか?」


 聞くと、女神は「そうでしたわ!」と言ってパチンと目を叩く。

 次の瞬間、俺の目の前にバスケットボールくらいの大きさのシャボン玉が出現した。

 そのシャボン玉をよくよく見てみると、シャボン玉の中に小さな太陽の様な光が入っている事に気がつく。

 光を包み込んでいる様にも見えるシャボン玉は、何とも幻想的な代物だった。


「これを、あなたに授けましょう・・・」


「これは?」


 女神に尋ねると、彼女は自慢げな顔で頷く。


「これは、転生者に授けている『特殊能力』です」


「特殊能力?」


「聞いたことございませんか?いわゆる異世界転生特典というヤツですよ」


「ああ・・・ありますね、そういうの。昔からくだらないなと鼻で笑っていた設定でしたが、まさか己が身で体験する事になるとは・・・」


「嫌でしたか?」


「滅相もございません。感傷に浸っていただけでございます」


 正直言うと少し嫌ではある。

 人にはない才能を貰う。

 それ自体は喜ばしい事かもしれないが、貰えなかった人はどう思うだろうか?

 転生者などそうそう居るものではないのだろうし、殆どの人が持ち得ない才能を、俺は転生者というだけで女神によって授けられるのである。

 それは何とも卑怯である様にも感じられるし、その力がなければこの世界で生きられないと言われている様で癪でもある。


(まぁ、貰う以外の選択肢は無いんだろうけどな)


 女神にとってみれば所詮俺は、手のひらで転がす紙屑よりも他愛も無い存在である筈だからだ。

 俺は素直に女神に従う事を受け入れる。


「このシャボン玉は、如何様にすれば宜しいのでしょうか?」


 すると女神はシャボン玉に触れると、俺の方へと押しやった。


「うぉ!?」


 シャボン玉は俺に触れた途端、割れることもなく体の中に入り込んでいく。


(これが異能力の習得・・・!?)


 体には何も変化した感覚はないったが、確かに体に何かが入り込んだ感覚があった。

 おそらく女神の授けた能力とやらが、俺の中で溶け込んだ感覚だったのだろう。


「これで、特殊能力は授けられました。あなたは立派な異世界転生者ですよ」


「ありがとうございます」


 これが姑息なことである事は百も承知だが、貰えるものはありがたく貰おう。

 そもそも俺は転生直後から借金一兆リンを背負わされた男なのだ。

 これくらいのズルは許してもらえても良いだろう。


「ところで、授けて頂いた能力とは、どの様なものなのでしょうか?」


「端的に言うと、“1人を除いてあらゆる人間から嫌われる”という能力です」


「ほほぅ・・・、他者の好感度に影響する能力か」


 その手の能力は非常にありがたい。

 何せお金を貯めるにはビジネス。

 ビジネスには人脈と信頼が不可欠だからだ。

 だからこそ、あらゆる人間から好かれる能力は非常にありがた・・・・・・


「今、嫌われる、とおっしゃいましたか?」


 何だか聞き間違えた気がするので、一応確認しておく。


「あらゆる人間から、“好かれる”能力ですよね?」


「え?」


「え?」


「あ!」


 女神は納得した様に手のひらをパンッと叩いた。


「言い間違えてしまいましたかね?ごめんなさい」


 女神はぺこりと頭を下げる。


「カヅキさんの能力は、あらゆる人間から嫌われる能力です。たった1人を除いてですが」


 ・・・。

 ・・・・・・。

 ・・・・・・・・・。

 ん?

 あれ?

 なんかおかしく無いだろうか?


「・・・分かりましーーた?分かり・・・え!?」


「如何されたのですか?カヅキさん」


「嫌いになる・・・のですか?」


「はい」


 ・・・・・・。

 ちょっと待ってくれ。

 それは流石におかしく無いだろうか?


「異世界特典なんですよね?」


「そうですよ」


「特殊能力なんですよね?」


「もちろんです」


 女神は自信満々に頷いている。

 一才曇りのない、まっすぐな瞳で。


「いや〜、え?ええぇぇ〜?あの、・・・嫌われるのは、私の方なんですか?」


「はい。そういう能力の様ですね」


「それって、返却みたいな事出来ます?」


「あはは、出来るわけないじゃないですか!」


 俺の頭はガンガンと痛くなってきた。


「ちょっと、待ってください。・・・もう一度、私の能力について説明頂けませんか?」


 どうかこれが夢であってくれと願いながら、俺は女神に質問する。

 精神と時の部屋にいる時点で限りなく夢の世界に近い場所にいる事にはいるのだが、おそらくここで起こる真実は、現実世界の俺にとっても真実となり得るのである。

 女神は少し困った様に眉を顰めながらも、俺の要望を聞いてくれた。


「何度も言っておりますが、“1人を除いて全ての人から嫌われる”能力です」


「・・・あー」


「気を付けておいてほしいのがですね、どんな嫌われ者がいたとしても、絶対にあなたの方が嫌われるので、他者とのコミュニケーションには注意が必要です」


「コミュニケーションに注意が必要って言うよりも・・・、コミュニケーション自体がうまく出来ないのではありませんか?そもそも私の話を聞いてくれなくなりますよね?」


「ふふふ・・・そうかもしれませんね〜。親の仇よりも嫌われると思いますので」


「いやいやいや・・・」


 何だそのめちゃくちゃな能力は!?

 もはや貰わない方が圧倒的に良かったとすら思えてならない。

 お金を稼ぐために不可欠なビジネスにおいて、“嫌われる事”がどれ程致命的な欠点であるのかこの女神は理解していないのだろうか?

 ずっと能天気にニコニコしているこの女神をいい加減ドツきたくなったけれど、鉄の理性で我慢する。


「では、あの・・・確認ですが、私は1人を除き、全ての人間から必ず嫌われる、という事ですか?」


「そうです。しかも、絶対に相手にとって“一番嫌いな相手”となれるんです」


「・・・ぉぁぁぁぁ」


 声にならない悲鳴と共に、魂が口から抜けてしまいそうだ。

 この女神、何というデバフを俺にかけてくれやがる!!

 つまりこの異世界において、まともに会話できるのはたった1人だけってことじゃないか!?

 なんて寂しい異世界転生なのだろうか。


「あ、そうだ・・・」


「如何しましたか?」


「その、・・・俺を嫌わないたった1人の人間は、俺のことをどう思っているんですか?」


「ああ、それはですね・・・」


 とんでもないデバフを俺にかけてくれた女神は、フフフ・・・と微笑んだのだった。

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