億万長者の俺が、異世界転生したら借金地獄だった話
幸雪
第1話/バカなっ!!
「バカな!!」
俺は1人叫ぶ。
しかしその声は虚しく狭い部屋に響き渡るだけ。
俺は小さな宿屋の一室で、借用書片手に絶望していた。
「スゥ・・・バカなっ!!」
何かの間違いであってほしい。
そんな願いを込めて叫ぶ。
先も説明したようにここには俺1人だけで、当然ながらドッキリの仕掛け人もいない。
「こんな・・・バカなっ!!」
俺は借用書を握りしめながら、その場に崩れ落ちた。
「この俺が、借金一兆円・・・だとぉ」
正確に言えば、円ではなく『リン』という通貨をこの国では使うので、借金は一兆リンである。
でもまぁ、野菜などの値段が100〜200リン程度だった事を考えれば、お金の価値は円とほぼ変わらない。
「あの詐欺女神・・・。なんて奴に転生させやがる!」
歯を砕かんばかりに食いしばり、小さな個室の天井を見上げた。
「何が・・・何が、異世界転生だよ・・・」
俺、神谷白 一輝は、異世界転生者である。
いや、もう少し複雑で、世間一般に言われる転生者とは異なるだろう。
何故ならば俺は、赤ん坊から人生をやり直している訳ではないからだ。
前世で生きていた日本では飛行機の墜落で死亡して、女神と名乗る変な女に精神と時の部屋みたいなところで出会っているから、全体の状況から判断すると異世界転生というのが一番妥当であるだけだ。
俺がこの世界に来たのは昨日。
そして俺の体は18歳とかなり若々しい。
日本では白髪で背も縮んでいたというのに、この世界での俺の体は身長180cm以上で髪色も驚きの銀髪である。
なんなのだ、この髪色は。
いったいどういう色素でこの色が表現されているのか皆目不明である。
しかも瞳はびっくりするくらい鮮やかな青色をしており、何とも作り物めいて見えた。
「詐欺女神の話だと、精神だけが死んでしまった哀れな青年の人生を代わりに生きて欲しい・・・との事だったが」
俺がこの世界に転生させられたのは、女神の頼みを聞いたからに他ならない。
そりゃ誰だって、死んで消滅してしまうよりは誰かの体に入って生きながらえた方が良いと考えるだろう。
しかし、女神は俺に、重要な情報を与えてくれていなかった。
「これ・・・、精神が死んだ、というよりも、状況が最悪すぎてショック死しただけだろが!!」
借用書を床に叩きつけた。
俺が転生先として入り込んだこの青年は、何やら“変な物”を買って借金一兆リンという意味不明な負債を背負ってしまっていた。
この青年の体の中に入って一日。
脳の整理が出来てきたのかこの世界の言葉や常識は把握出来たが、それと同時に理解不能な窮地に落ちいていることも理解してきた。
「一兆・・・。一兆だと!?いったい何を買ったというんだ。この若造は!!」
青年の記憶自体はまだ思い出すことが出来ていないので、この借金で手に入れたお金の使い道や青年の家族の事などは分からないままだ。
「日本にいた時ですら、俺の貯金の最高金額は7800億だぞ!?億万長者と言われた俺ですら、一度も到達しなかった一兆なんて額、どうやって返済しろと言うんだ!!」
日本であれば、俺は有名な大金持ちであり、幸運の持ち主でもあった。
AI技術の発展を早い段階で予測して、ありとあらゆる雑務を正確かつ高速で処理するAIツールを開発して世界に売り出したのだ。
これによって立ち上げた会社は大きくなり、AIによる人事育成やカウンセリング、擬似家族や恋人など、AIを多岐に渡って活用し、発展させてきた。
その結果、俺の最高貯金額は7800億。
我ながら、悔いのない人生だったと思う。
だからこそ、あの詐欺女神の提示してきた“上手い話”にまんまと引っかかってしまったのだ。
よくある異世界スローライフ的なものを夢見てしまったのだ。
と言うかそもそも、女神を名乗る存在に、こんな詐欺取引を持ち掛けられるなど誰が予想できようか。
神が詐欺など世も末である。
「スゥ・・・冷静に考えろ。まずこの借用書に対して、破産手続きは可能なのか。次に購入した何かはクーリングオフできるものなのか。そして、それらは何処に相談すれば良いか、やる事はこれらだな」
よし、早速行動だ。
そう思った瞬間の出来事だった。
「ウギィッ!!!!!?????」
ビキビキッ
と、心臓が痛んだ。
一瞬、この青年の持病か何かかと疑ったが、次の瞬間記憶がフラッシュバックする。
「けい・・・やく??」
胸の痛みは尋常ではない。
まるで、心臓を鎖で締め上げられているような、そんな感覚だ。
「思い、出した・・・」
この世界には、クーリングオフなんて優しいものはないどころか、破産手続きなんてできやしない。
何故なら、借金が返せない。
イコール、人生の終わり。
死亡だからだ。
「ははは、これが異世界。えぐい事しやがる・・・」
思い出したのは借金における契約の仕方である。
日本では借用書をもらい、返済できればするし、出来なければ破産する。
命までは基本とられない。
けれど、この異世界は違う。
借用書を貰う事ともう一つ、債務者は債権者にリスクを追わなければならない。
それが、『心臓』である。
どういう原理なのかは謎だが借金が返せなくなった場合、俺の心臓に巻きつけられた鎖が自動で引き締まり、俺を殺す仕組みになっているらしい。
なんと恐ろしい契約だろうか。
この世界での借金は、日本よりも遥かに厳しい。
「という事は、俺は本気でこのアホみたいな借金を返さなければ、生きてはいけないのかよ!?」
これは確かにショック死したくもなる。
現に俺も今まさにショックで泡を拭きそうである。
「ちょっと待て!?となると返済方法はどうなってるんだ!?」
借用書を見てみると、月一の分割返済だった。
そしてその額にぶっ倒れそうになる。
なんという事だろう。
毎月の返済金額、なんと55億。
宝くじでもこんな金額貰えないぞ。
「あばば・・・」
今度こそ俺は泡を吹きかけた。
借用書には、利子込みで毎月55億もの大金を200回払いする事になっている。
「こんなもの、一つの国でも稼げる金額じゃねぇだろが!?」
全世界にグローバル展開でもしていなければ絶対に稼げない金額である。
いや、正直そこまでやっていても毎月そんな額の利益を出し続ける会社などほとんどいないだろう。
「ていうかこれ、債権者が国王になってないか!?」
青年の記憶の中から掘り起こした知識にバーク王という名前があったのだが、まさにこの借用書の債権者項目にもバークという文字が見えた。
「俺は、国家資金から借金してるのかよ・・・」
よくよく考えれば当然だろう。
一兆リンなんて途方もない金額は国以外に用意できる者など存在しない。
「そんな国家予算レベルの大金を、俺1人で返済だと!?」
やっぱり何度考えても意味が分からない。
人間にどうにかできる範囲を超えている。
「これじゃぁ、一兆リンの価値を生み出せる“何か”を買ってなかったら、本当に詰みじゃねぇか?」
せっかく転生したのに、滞在期間わずか1ヶ月弱で終わることになってしまう。
「思い出せ、俺!この俺はいったい、一兆リンも使って何を買ったんだ!!」
その時。
「失礼します」
という女性の声と共に、ガチャリ・・・と部屋の扉が開かれた。
「え?」
いきなり部屋に侵入してきた誰かに俺は呆気に取られる。
侵入者に目を向けると、そこには狐の面を被った女が立っていた。
髪の毛は腰にかかるほどに長く、炎のように赤い。
背丈は160cmくらいだが、手足や腰は細く胸や尻は大きいので男心をくすぐる素晴らしいグラビア体型になっている。
「おお・・・」
心のエロ親父人格が、目の前の女のセクシーボディに釘付けになっている。
顔が狐の面で隠れているせいで、美人なのか否かは判断出来なかったが、体だけでも飯は三杯イケるなと確信した。
「あ、あの・・・」
「はっ!!」
俺は女性の体をあからさまに凝視しすぎていた事に気づき、慌てて目を逸らした。
「おおっと、な、なんのようでしょうか、お嬢さん?」
女は見た感じ、20は超えていなさそうだったので、念のためお嬢さん呼びをしておく。
「あ、私、カヅキという方に用事がありまして」
「それなら私ですな。カミヤ・・・ではなく、カヅキ・カシュランです」
俺の日本名は神谷白 一輝だが、この青年の名前はカヅキ・カシュランなのだ。
借用書も当然カシュランの名前になっている。
「そ、そうですか・・・」
豊満ボディの女の子は少しオドオドしながらも、何かに安堵したように小さくため息をこぼしていた。
「どうかなされたのですかな?ええと・・・」
「あ!・・・アビスです」
「え?」
「あ、・・・名前、アビスです」
「え!?あ、ああ・・・アビスさんというのですね。素敵な名前だ」
何がとは言わないが、変わった少女であるらしい。
俺はニコニコ笑顔でウンウンと頷いて見せる。
「アビスさんは、どうして私を訪ねてこられたのですかな?」
「そ、それは・・・」
すると、何やら突然モジモジと恥ずかしそうに手の指をにぎにぎし始めた。
その仕草は最高に可愛らしく、性欲と庇護欲の両方を掻き立てられてオジサンにはいささか刺激が強い。
「なんでしょう?」
眼福と思いながら少女を見守っていると、
「こ、これ!」
そう言って少女は一枚の紙を俺に突き出してきた。
「・・・これは?」
紙を受け取り内容を確認する。
「領収書?」
そこには商品内容と、支払った金額が記されていた。
「商品・・・、アビス」
「わ、私です!」
え?君は商品なの?
日本の常識では考えられない商品項目に戸惑いつつも、領収書を読み進める。
そして・・・
「支払い金額・・・」
俺はその項目を見た瞬間、眩暈がした。
「い、一兆・・・リン」
ショック死しそうである。
よろめき、倒れてしまいそうになる体を必死に足で支えながら、少女の方を見やる。
少女はオドオドしながらもぺこりと頭を下げると、
「わたし、アビスを買っていただきありがとうございました。一生懸命お世話させていただきます、ご主人様!!」
「買った?」
「は、はい!」
「私が?」
「え?は、はい!」
「そっかー。うん。・・・うん。・・・・・・うん。うーーーーん?」
「よ、よろしくお願いします!」
「・・・」
「ご主人様?」
「スゥ・・・、フゥ・・・」
「あ、あの・・・」
「うん・・・よろしくね。アビスさん。ハハハハハ・・・」
その言葉を発した後から、俺の記憶は途切れてしまった。
まぁ、無理もない。
俺はこの日、女の子1人を買い取るために、一兆の借金を背負ったのだから。
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