── 絶への雫 ──
ミヨ
およそ少女の背丈と変わらぬ
表面にはまったくと言っていいほどに傷む
「その子は……」
横たえていた首を起こし、男は徐ろに口を開く。
「起きられましたね、具合のほどはいかがですか?」
「はい、だ、だいじょうぶです……すみません」
「なにをです。謝る必要などありません。きっとお疲れだったのでしょう」
畳の目にさえ気を配るような静けさのなか、抱えていたその子をそっと
神々しい絹に擬態した、長く混じりけのない髪だった。意識なまじに覗き寄って見れば、女児の寝顔は巫女に似て澄んだ容姿をしていた。雪か何か……おそらく
巫女が言う。
「凪。……この子の名です」
「なぎ……」
「はい。凪はいま、とても衰弱しているのです。一日のうち、目を覚ましていられるのは日の出からほんの数分間。それも、日に日に間隔は短くなるばかりで……」
「何かの、ご病気……ですか?」
「病気……確かに、そうかもしれません。凪は……」
男は固唾を拙劣に呑み込んだ。けれどその後に続く言葉はひとつとして聞こえてこない。何よりも随分と淋しそうな声音に、思わず視線を逸らし壁を見仰ぐと、
「その画が気になりますか?」
「──、」
我に返り少女を見
「もし、その画が動いたと感じたのでしたら、好い兆候だと想います。──
動いて視えたのは。
男は目を
「え、……」
「どうして、というお顔をされていますよ? 視ようとして視るのではなく、意識の中で視るのです。研ぎ澄ますということさえせず研ぎ澄まし、『みる』という感覚を変えて」
「……感覚を?」
「はい。五感の
「?」
「ふふふ」
笑んだ物音は静かながらに溌剌と見え、男は芯から肩を緩ます。
それは決して、不穏ではない。むしろ無性な懐かしさに眉間を
「あの、……」
程なくして、夜に覆われた。離れの
「これだけ、ですか……?」
「お気に召されませんでしたか?」
「いや、なんて言うかその、量が……」
「少し多めにしてみました。二種類は増やしてあります」
「は、はぁ……」
嘆息に深く
豆だ。数種類の豆が、茶碗の底で丸を描くように並べられていた。どう傾けてみても、小さな幾つかのそれのみが空しく底を滑る。一、二、三、四、五……。数えると中には十粒しか入っていない。精進料理どころの騒ぎではなかった。
「初日なので盛大にしてみました」と言う少女の配慮を受け入れられず、男は
「もしかして、お嫌いでしたか?」
「あ、いえ……そういう訳では……」
「それでは別の物にいたしますか?」
「え、他の物があるんですか?」
「はい、もちろんです」
そう言って少女は立ち上がり、豆の入った
「
再び正面に少女が腰を下ろす。対座したその
「とても、綺麗な音色です」
「はい。わたくしもそう感じていたところです」
「いやいや、あなたでしたら当然でしょう」
「いいえ、そのような過大はこの身には似合いません。同じですよ。わたくしも、あなたも」
「そう、でしょうか……」
「はい。ですが時に、慈しみを見出すのは人の慢心であり、人を見出すのが感傷だとわたくしは想うのです」
「人を見出す……」
「はい。なのでその耽りを忘れず、捨てず、どうかお互いに、大事に育てていきましょう」
ことん。と、御盆へ置かれた代わりの食を男は覗き込む。見た目こそ違えど量に満足するには程遠い。傾け、炒られたように香ばしいものが底でからりと滑り踊る。
「これは……?」そう尋ねると少女は自身の豆に向かって手を合わせ、
「そちらは、
「は、はぁ……」
傷心にぎこちなく、男は
燭影に揺れて松虫が鳴く。本当に見事な闇夜だ。
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