第4話 機内放送
『ご搭乗の皆様。こちら機長です。
当機はハイジャック犯によりハイジャックされました。繰り返します、当機はハイジャックされました。そこで皆様にお願いです。ハイジャック犯達の要求は金銭であり、殺害ではないということです。ですので抵抗などは一切せずに、必ず係員やハイジャック犯の指示に従ってください。
またこれより当機は予定通りアイオワ州まで定刻通り向かう予定です。ご質問にはお答えできませんのでご了承ください。以上です。』
コックピットに戻ってきた私は同行したアルマロスに指示された通り、機内アナウンスを行った。
「良いアナウンスだったぜ、ザック。少し素っけない気もするがな。」
アルマロスは笑いながら、軽く拍手をした。
一方、ストリンガーはハイジャック犯に初めて対面したことで多少混乱気味だったが、先ほどの私と同様にノリの軽さに調子を狂わされているようだった。
「機長、こいつは本当にハイジャック犯なのですか?」
「ああ。こう見えてもな。さっき傍でCAが1人撃ち殺されたよ。」
それを聞いて、苦々しい顔でストリンガーは背もたれに体重をあずけた。
「悲劇に暮れるのはそこまでにして、今度は管制塔にアナウンスしろ。」
我々には黙って頷くことしかできなかった。無線周波数を目的地の空港へセットすると、交信を始めた。
事の発端と現在の状況を詳しく管制官に話し終えると、アルマロスがマイクを変わるよう言ってきた。
『管制官さん、どうも。機長が話してたハイジャック犯のアルマロスだ。状況は理解したようだから、これからおれらの要求を伝える。メモでも準備しておけ。
その1、これから210便と地上との交信はお前さんが行え。警察の交渉人が出しゃばってくると思うが、必ずお前がやるんだ。
その2、26億ドルを100ドル紙幣で用意してキャリーケースに詰めておけ。ケースは飛行機到着時に人質と交換する。
その3、トラブルがある場合は、直ぐに俺たちに言え。交渉を長引かせるために、取引直前でトラブルが、なんて言い出したら人質が一人ずつ死ぬと思え。
要求は以上だ。最後にお前の名前を教えてくれ、残念な管制官さん。』
『私は、ダレル・テイラーだ。ダレルと呼んでくれ。最後に機長と代わってくれ。』
『いい名前だなダレル。よし機長と代わる。』
満足したアルマロスは私にマイクをよこすと、スマホをいじりながら後でな、と言って外に出た。
『ザック無事か?』
『ああ、大丈夫だ。それより、さっき伝え忘れたが航空保安官に加えてとCA1人が一人殺された。』
『何?もしかしてアーラ・コリンズか?』
『そうだ。しかし一体どうして殺されたのがアーラって分かったんだ?』
『アルマロスってのは旧約聖書に現れる天使の名前だ。そして残念なことにアーラってのはスラブ神話に出てくる悪魔の名前だ。そして俺の名も奴らと同じ聖書に出てくる天使の名前だな。』
そんなことで?とストリンガーが怒りを顕わにしながら聞き返した。
『ザック。これから乗客リストをもとに犯人を特定してみるから、わかり次第連絡する。あと、聖書にまつわる不幸な名前の客がいないかもチェックしておく。もしいればそっちで確保してやれ。』
『分かった。こっちは後1時間半ぐらいで着きそうだが、できるだけ出力を下げて時間を稼いでみる。頼んだぞ。』
任せろ、とダレルが意気込み通信を終えようとした時、ストリンガーが無線を続けた。
『ダレルさん、どうしてそんなに天使や悪魔に詳しいんですか?』
『え?ああ、母親が敬虔なキリスト信者で小さい頃にはよくクトゥルフ神話なんかを読み聞かされてたぐらいだからな。まぁ、安心しろ。ザックやストリンガーっていう名前は神話に出てこないからな。準備があるからもう切るぞ。』
そう言って、ダレルとの通信は今度こそ終えた。
私はすぐにスロットルの出力を1/4ほどに下げ、フラップを1段階だけ展開した。
「しかし、26億ドルなんてちょうどこの210便の機体が買えるだけの値段ですね。」
「そうだな。あのCAがアーラという名前だけで殺されるだなんて。ひどすぎる話だ。」
私は深い溜息をつくと、あとは地上のダリルをはじめとするほかの管制官や警察に頼ることしかなかった。
ただただ、スロットルレバーを握る自分の手を見つめるだけで30分間が過ぎていた。
「地上の奴らは上手くやってますかね?」
ストリンガーがしびれを切らした様子で私に尋ねてきた。
「まぁ気持ちは分かるが、こっちでも何とか持ちこたえるしかないな。」
ストリンガーを慰める一方で、自分もこれからの事や生きて帰れるのかを考えていた。
ストックホルム症候群 下崎涼人 @zaki_ryo
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。ストックホルム症候群の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます