第3話 要求
震える手で鍵を開けると、CAのすすり泣く声と乗客のどよめき声が耳に入ってきた。
「こんにちは機長さん。ようやく開けてくれたな。あと少しで、えっと名前なんだ?」
男がCAの胸元にあるネームプレートを強引に引き寄せると、名前を確認した。
「そうだ!アーラだ。アーラちゃんの身体にもう二つ穴が開くとこだったぜ。」
下品な言葉使いをするテロリストの手にはしっかりと拳銃が握られており、その手には返り血がベッタリとついていた。
「誰を撃ったんだい?」
私自身どうしてこんなことを聞いたのか自分で声に出してみて不思議に思えたが、テロリストは律儀に答えてくれた。
「面白いなアンタ。連邦保安官を2人撃ってやったよ。あいつら反撃する間もなく度肝抜かしてたぜ。」
「そうか。私はザック機長。この210便の機長だ。良ければ君の名前と要求を話してくれないか?できれば別の部屋で。」
「そうだな、俺の名前はアルマロスとでも名乗ろうか。このグループのリーダーだ。ではファーストクラスで話を付けようじゃないか。言っとくが、俺らはそこらのテロリストは違って、話の分かる正義の集団だ。さぁ行こう。」
アルマロスという男はそういうと、コックピット席には目もくれずファーストクラスへむかった。
ああそうだ、アルマロスはそういうと、思い出したかのように私の方を振り向き、発砲した。
とっさの出来事に私は目をつぶって身構えた。
恐る恐る目をゆっくりと開けると、自分の身体を確認した。警察官をしている友人に昔『銃で撃たれると興奮状態から撃たれていることに気づかない事がある』と聞いたことを偶然思い出した。
自分の安全に一瞬ほっとしたが、隣の壁が真っ赤に染まっていることに気づいた。
そこには頭からドクドクと血を流すアーラが床にへたり込んでいた。
アーラなんて名前だからだ、アルマロスが小さな声でそうつぶやくのを私は聞き逃さなかった。
ファーストクラス室にはアルマロスの仲間が一人、サブマシンガンを構えてシャンパンを飲んでいた。
「よぉアルマロス。昨日飲んだ安酒より飛び切りうまいぞ。」
アルマロスの仲間は、そう言うとCAから奪い取ったであろうケータリングのカートから勝手にシャンパンを注ぎ始めた。
「このアル中が。ちゃんと見張ってろ。ああ、そうだ。こちら、この便のザック機長様だ。」
アルマロスが私のことを紹介すると仲間は銃を置いて、握手のために手を差し伸べてきた。
「俺はタミエルだ。よろしく、ザック機長。」
タミエルという男は、そういうと握手を出すか迷っている私の手を強引に握り握手をした。
「タミエル、ここはいいからラグエルと一緒にエコノミークラスを見張れ。」
了解、と言うとタミエルはサブマシンガンを片手でふらつかせながら、エコノミークラスまで歩いて行った。
「よしザック。ここが空いてるから座ろう。」
アルマロスが銃で促すと、ファーストクラスの柔らかな席に腰を落ち着かせた。2席後ろにはいかにもファーストクラスを利用していそうな上品な老夫婦が身を小さくして神への救済を呟いていた。
私がゆっくりと肘置き掴みながら腰を下ろすと、アルマロスもハイジャック犯にしては上品に座り、足を組んで話し始めた。
「本題に入ろう。我々の目的を簡潔に言うと、金だ。君はパイロット。飛行機を操縦する。そして俺はハイジャック犯。人質を脅して腐った権力者達から金を頂く。」
な?アルマロスは私に向かって同意を求めてきた。
「ああ、そうだな。それで私にどうして欲しいんだ?」
「物わかりの良い機長でよかったよ!流れを説明する。この飛行機はあと2時間ぐらいでアイオワに到着するだろ?それまでの時間を有意義にするためにアンタらの航空無線で警察と州知事に金を要求する。
飛行機がアイオワに着いたら人質と金を交換して、俺らはメキシコまで逃げるってことだ。無論ザックと副機長さんにはメキシコまで付き合ってもらうがな。」
これまで飛行機のパイロットをしていて、ハイジャックに遭うことは初めてだがアルマロス達の要求はどこかシンプルで分かりやすいものだった。
参考になるは分からないが、今まで私が見てきたハイジャック物の映画では、権力に対する聖戦であったり、宗教的な思想を皆に強要したりするものばかりで、寧ろ彼らの要求にはあっけなささえも感じた。
「分かった。要求を実現するために努力する。その代わりもう乗客やCAを傷つけないでほしい。」
「もちろんだザック!じゃあ早速、コックピットまで戻ろうか。」
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