第2話 コード7500
「ビフォー・テイクオフチェックリフト、コンプリート。」
ありがとう、ストリンガー副機長が離陸前に行うタスクを全て完了したことを告げると、私は目の前に広がる一直線の滑走路を見つめた。アスファルトの深い黒色と白と黄色のライン、その他を埋め尽くす広大な空の青色がパイロットとしての私を興奮させた。
『こちら210便。管制塔これより離陸する。』
『こちら管制塔。210便、良いフライトを。』
管制塔との最後の挨拶を交わすと、私はストリンガーと目配せをしてスロットルに手を置き、ゆっくりと前に押し込んだ。
スロットルがゆっくりと前に倒れこんでいくのに比例し、両翼にぶら下がっているエンジンが咆哮を上げはじめた。窓から流れ込んでくる景色が少しずつ加速していきながら、コックピットの無線やバインダーなどがカタカタと音を立て始めた。
飛行機を持ち上げるための揚力を発生させるフラップを目一杯出し切っていることを確認してから、少しずつ操縦かんを手前へ引き、300t以上もする210便は軽々と地面に別れを告げた。
離陸から30分後、ストリンガーと私はCAが持ってきたビスケットを食べながら、会話に花を咲かせていた。パイロットや飛行機の機長という職業は一見すれば子供からある程度の大人にとって憧れの職業だが、実際には飛行機の操縦はほぼ機械が行い、我々は離陸から着陸までの間のほとんどを管制塔との通信やどのCAが可愛いかなどといった事に注力しているのが現状である。
むしろ、空ではパイロットとしての名誉と尊厳は確立できているが、ひとたび地上に戻ってしまえば、航空会社のいけ好かない幹部連中と美人だがヒステリック気味の妻に板挟みになっている哀れな50を迎えるオジサンに過ぎないのである。
隣で口いっぱいに好物のシュガービスケットを頬張るストリンガーをしり目に、この世の残酷さとストリンガーの若さにため息をつくしかなかった。
バン!!バン、バン!!
突如、コックピットの後ろ側、つまり客席側から発砲音らしき音が響いた。
ストリンガーは紅茶をがぶ飲みしてビスケットを流し込み、計器や窓からエンジンなどを確認した。
「飛行機本体には以上ありません。恐らく、、、」
血の気が引いた顔でストリンガーがそう言うと、反射的にトランスポンダを7500にセットし、無線を繋げた。
『メイデイ・メイデイ・メイデイ!こちら210便、機内から発砲音が聞こえた。状況は不明だが、ハイジャックの可能性あり。乗客数は、、』
乗客数や積載物の情報を無線圏内の管制塔に連絡していると、コックピット室の呼び鈴が鳴らされた。テロや不測の事態に備えてコックピット室は内側からロックされており、中に入るにはカメラ付きのインターホンで関係者以外を排除するというものである。
それに加え、アメリカでは9.11以降飛行機でのハイジャックによる警備は一層され、連邦航空保安官が1名は直行便や長距離便には搭乗することになっている。
「機長、映像映します。」
頭の中で最悪の可能性を予期しながら、ディスプレイをのぞき込んだ。
そこにはCAの1人が男に拳銃を突き付けられながらチャイムを鳴らし、ノックしていた。
荒い画像のインターホン映像からはCAの顔が歪んでいるように見えた。
「ストリンガー副機長、ドアを開けるべきだと思うか?」
「開けましょう機長。しかし、必要最低限の情報は管制塔に伝えておきましょう。」
「そうしよう。副機長、乗客数と犯人の見てくれ、それと拳銃を持っていることを伝えておいてくれ。私が時間を稼ぐ。」
私は機長席を後ろへ押し下げるとドアの方へ向かった。
「それとストリンガー、もしテロリストが操縦桿を握ろうとしたら、そこのロッカーのグロッグを使え。ためらうな。」
ストリンガー副機長は今までに見たことのない真剣な眼差しで頷いた。
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