第9話神の弾丸
「――ふう。ごめんね大哉。エズラがいきなりあんな事するなんて……」
「い、いや。俺は全然大丈夫だ。……大事にされてるんだな」
「そりゃあ一応だけど姫だからね、私。それにエズラは私のパパ――つまりホリエント王国の王様から私の護衛を任されてるから。私に近づく人間にはすぐに敵意を向けて攻撃するの。困ったものね」
ラヴィリアは温かな紅茶が入るティーカップを口元に持っていきながら苦笑交じりに話す。その苦笑の内訳は明らかに「苦しみ」の割合が多い気がした。
先ほども俺の事をエズラさんに説明した後、エズラさんへ向けこの場から席を外すようラヴィリアに命令された時に感じた俺への敵意は凄まじかった。……というかそんな信用されない見た目なのか、俺。
「まあそれが仕事なんだろうし……仕方ないだろ。――でさ、そろそろ教えてくれよ」
温かな紅茶で一服した俺は本題を切り出す。
「……そうね。その為にエズラに席を外させた訳だし」
ラヴィリアはティーカップを置き、神妙な面持ちへと変わる。
「まず話しておきたいけど――私たちは武装してるけど、決して人間と戦争を行う訳ではないわ」
ラヴィリアは机の上に広がる地図に視線を落とす。そして地図のある部分を指さした。
「この地図上にある大陸の、右側にある大きな土地が私たちが治める『ホリエント王国』で、左側が『ルミリュエール王国』よ。さっきのエズラの反応から見たら分かる通り、両国の関係は決していいものではないわ」
二つの国の大きさにそれ程違いは無い。ならばお互いの国の領地などを巡っての争いなのだろうか。
「何でホリエントとルミリュエールはいがみ合ってるんだ?」
「それはね――これよ」
ラヴィリアは机の引き出しから数枚の写真を取り出す。そこに写し出されていた風景は見覚えのあるものだった。
「これは……!」
「天から降り注ぐ一筋の流星――神の
俺がここに来るまでに見たあの巨大なクレーター。それと同じくらいの大きさをしたクレーターが、写真に写る広大な大地に刻み込まれていた。
「私たちが住むこの世界で、人間にとっての一番の天敵……それは人間でも、オーガやゴブリンみたいなモンスターでもない。――一番の天敵はこの『魔法災害』なのよ」
「魔法……災害……」
聞きなれない言葉を俺は復唱する。
写真に写っているのは俺が見たクレーターより一回り大きく、そのクレーターの周りには家の残骸と思われる砕け散ったレンガや、綿が飛び出したウサギのぬいぐるみなどが見られ、とても生々しく感じる。
「私たち魔法士や騎士は、神の弾丸から民を守る為にこの村に来たの。神の弾丸は王城にある『天体の予言』で位置と時間が分かるから」
「そ、それにしたって……流星だぞ⁉ 地面にこんな穴を開ける流星をどうやって退けるんだよ⁉」
あのようなクレーターができる程に強大な威力を持った神の弾丸を、魔法のような異能力を持つ人間であれば対処できるというのか。
ラヴィリアは俺の問いに寂しく笑みを浮かべ、
「……退ける事なんか、できないわ」
「……え?」
「大哉の言う通り、神の弾丸を退ける事なんか出来ない。――一応神の弾丸の軌道を逸らす手段はあるのだけれど、その手段を取るのは王都や一部建造物などの国にとって主要な場所に墜ちる時だけ。この村みたいな田舎の開拓地が神に目を付けられたら――逃げるしかない」
この言葉が本当なのだとしたら……今俺がいるこの村も、いずれ先ほど見たような荒れ果てた土地になってしまうという事。
それだけじゃない。この村で育ってきた人は自分の故郷を失うという事。悩んだり、迷ったりした時に帰ってこれる場所が無くなるという事。
「私たちがこの村に来た理由は、この村の住人を安全な所まで護衛する為。道中の森には色々なモンスターが生息しているから」
「……何で手段があるなら、この村を守ろうとしないんだ」
「……言ったでしょ。その手段は主要な場所にしか取られないからよ。――この話はまた後にするわ」
ザッザッと足音をたてラヴィリアはテントを出て行く。俺もその背中を追いテントの外に出ると、レンガ造りの家の中から大きな荷物を背負った老夫婦の姿が見えた。
その他にも泣きじゃくる女の子や、まだ状況が分かっていない小さな男の子達が楽しそうに外を駆けている姿も見える。
「私は……魔法が使えるわ」
この村の住人を眺めていると、背を向けているラヴィリアからそのような声が聞こえてきた。
「エズラに至っては魔法も使えるし、何より剣術では彼の右に出るものはこのホリエントにいないわ」
俺はその時気が付いた。
手のひらに爪が食い込む程、ラヴィリアの拳が強く握られている事に。
「だけど……っ! 私たち人間がどれほど戦う術を身に付けても、人を殺せる兵器を生み出そうとも、決して災害には勝てない……! 災害が起きた時に私たち人間が取れる行動は――命を守る為に、逃げる事だけ」
人間の力ではどうしようもない。やれる事は限られている。故郷が破壊されようと、それは仕方のない事。
この世界では当たり前とされている事に、ラヴィリアは未だに納得できていないのだろうと察する事ができる。そんな彼女の声色からは、自らの無力さを感じた。
「……って、大哉にこんな事言っても仕方ないわね。忘れて頂戴」
振り返り力無く笑うラヴィリア。
「……まあ、あまり思いつめない方がいいと思うぞ。別にラヴィリアが何か悪い事をした訳じゃないんだしさ」
そんな取って付けたような軽い言葉しか、俺はラヴィリアに掛けてやれなかった。
災害による被害はもう諦めるしかない。俺自身もそう思ったから。
俺がいた前の世界でも台風や地震などによる被害で沢山の人が亡くなっていた。だがそれはどうしようもないのだ。自然の力に決して人間は勝てない。大切な人を奪った災害をどれだけ憎もうと、心に虚しさと悲しさが降り積もるだけだ。
微妙な空気が流れるこの空間の中、俺は最も知りたかった内容をまだ聞いてない事に気が付く。
俺はこの空気を変えようとわざと明るめの声色でラヴィリアに問う。
「……なあ、ラヴィリア。ちょっと聞きたいんだが――野球って知ってるよな?」
元天才高校球児は金属バットを持って異世界に転生し無双します!!〜異世界最強のスラッガーに俺はなる!!〜 多上大輝 @ueyan
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