第8話 エズラ

 俺が今いる村はとても栄えているような村には見えず、騎士や魔法士がいるお陰で少し賑わっているようにも見えるが、彼らが皆いなくなればそれはとてもとても寂しく粛然たる村なのだろう。


 ラヴィリアさんと握手を交わした後、俺はそんな事を思いながら彼女の後ろを歩き、村を訪れている騎士や魔法士がいる本部へと向かっていた。


「なあ、ラヴィリアさん」


「ラヴィリアでいいわ。どうかしたの?」


 一国の姫である彼女を呼び捨てにするとか、新参者の俺からしてみたら難易度が高いのだが……まあいい。


「じゃ、じゃあ――ラヴィリア。ラヴィリアが魔力を操る魔法士である事は何とか理解できたんだけど、それじゃあ何でラヴィリア達はこの村に来てるんだ? それもまあまあ大勢で」


 このような何も無い場所にわざわざピクニックをしに来た訳ではないだろう。それに騎士や魔法士から漏れ出す殺気に似た気迫も気になる。


「……それも含めて説明するわ。ほら、あのテントが私たちの本部よ」


 ラヴィリアが指さす先は村の開けた場所だった。その場所に点々とそれ程大きくないドーム型のテントが建てられている。


 テントの傍では談笑する魔法士や剣を振る騎士達の姿があった。だがラヴィリアの姿を視認した途端談笑や訓練を止め皆一様に頭を下げる。


 ……が、ラヴィリアの後ろを金魚の糞のように付いて歩く、金属バットを持った見知らぬ男を見逃す筈も無く、


「おい……あのガキは何だ。何でラヴィリア嬢と一緒に歩いてるんだ」


「しかも見ろよあれ……。変な服装だし背中にあるのは剣じゃなくて棒だぜ。さしずめ騎士もどきの平民だろ」


(うわー……。やっぱり目立つよなぁ……)


 騎士や魔法士達から感じる鋭い眼光。そりゃ自分達の国のお姫様の後ろに俺みたいな得体の知れない奴が付いてきてたらそうなるよな。


「なあ……。事情を聞かせてくれるのは有難いけど、俺を本部に連れて行ってどうする気だよ。斬られたり焼かれたりしないよな?」


「何馬鹿な事言ってるの。本部にはここの責任者で私の護衛の男がいるから、取り敢えずその男に会ってもらうだけよ。……まあ大哉一人でその男に会ってたら多分斬られてたでしょうけどね」


 さらっと怖い事を言うお姫様。……良かった。最初に話しかけたのがラヴィリアで。


 俺は四方八方から感じる刺さるような視線を一身に受けながら、周りのテントと比べ一回りサイズの大きいテントの前に到着する。


「エズラー! ちょっと話があるんだけどー!」


 ラヴィリアはお姫様らしからぬ大きな声を発しながらテントの中に入る。


 俺もラヴィリアに続きテントの中に入る。天井にはオレンジ色の明かりを放つランタンがぶら下がっており、テントの中を照らすが少し暗い。


 そして大きな机に広がった地図と向き合っている一人の騎士。外にいた騎士の鎧は例外なく白金の鎧だったが、その騎士だけは白金の鎧に瑠璃色の装飾が施され、特別な人間である事を示しているようだった。


「……おや? どうされまし――何です、その男は」


 地図に落としていた視線を上げ俺の存在を確認した直後、エズラと呼ばれたその男の目が細くなり明らかに機嫌が悪くなる。


 端正な顔立ち、鎧を身に纏い戦闘と共に生きる男にしては少々男臭さが足りない。


 ……いや、余りにも顔面レベルが高すぎて嫉妬してるだけか。


「こ、こんにちは! 俺……じゃなくて私は柳生大哉と申しま――」


 その瞬間だった。ドンッという音と共に、俺から五メーター程離れているエズラさんとの距離が一瞬にして縮まる。


 そしてそのままエズラさんが引き抜いた剣の切っ先が俺の喉元へと突きつけられる。


「ちょ――何やってるのエズラ!」


「お下がりください姫様。薄汚いこの男は私が始末しますので」


 背中に嫌な汗が伝る。


 エズラさんは決して冗談でそのような物騒な言葉を放っている訳ではない事が、全身から迸る冷たい殺気から理解できる。


「……貴様、何の目的で姫様に近づいた。姫様を守護する護衛の私がいない時なら、姫様を殺せるとでも思ったか……ッ!」


「……ち、違う! 俺はラヴィリアに危害を加えたい訳じゃ――」


 俺の言葉を聞いた瞬間、細められた目がカッと見開かれ額に青筋が現れる。


「――ッ! 貴様如きが……っ! 姫様の名を呼ぶなッッ‼」


(やばいッ! 斬られるッ!)


振り上げられた剣が、力任せに振り下ろされようとしたその時、


「――エズラッ! 止めなさいッ!」


 ラヴィリアの制止を求める声がテント内に響き渡り、エズラさんの剣は俺の体を斬り裂く直前で止まった。


「何考えてるのエズラ! 何の抵抗もしない民を攻撃しようとするなんて! それでも貴方は誇り高きホリエント王国の騎士なの⁉」


「……っ! し、しかし姫様! この男は明らかに怪しい。ルミリュエールが送り込んできた暗殺者か何かに違いな――」


「黙りなさいエズラ・ローバスト。ホリエント王国の姫である私が、大哉は危険な存在ではないと判断したからこそ、この場所に連れて来たの。……それとも何。エズラは私の判断が間違っているとでも言うの?」


 ラヴィリアは厳しい口調でエズラさんを叱責する。こういう所を見てしまうとやはりラヴィリアの高い地位が垣間見える。


「け、決してそんな事は……! 私はただ、姫様の身の安全を一番に考えて――」


「私の身を案じてくれた事については感謝するわ。でも選択した行動は褒められたものではない。今すぐ大哉に謝罪しなさい」


「お、おい……。俺は別に謝罪なんて……」


 自分の主君を守ろうとしたからこその行動だ。俺はエズラさんが取った行動は間違ってないと思うし、謝罪する必要も無いと思うんだけどな……。


 だが自分が仕える人間に言われた事に逆らえる筈もなかったのか、エズラさんはギリッと歯を鳴らした後、剣を鞘へと納める。


「……申し訳、ありません」


「い、いえいえ! 僕がいきなり押しかけたのが悪いんですから。エズラさんの行動は間違ってないと思います」


 丁寧に頭を下げたエズラさんに俺はそう声を掛ける。この人は本当にラヴィリアの事を大事に思っているのだろう。


「――で、姫様。この男は一体何者なのでしょうか」


 エズラさんの切り替えは早く、頭を上げるや否やまるで何事も無かったかのように話を進めようとする。


「そうね。今から説明するわ」


 それからラヴィリアは知る限りの俺の情報をエズラさんに話した。俺が違う世界から来た事などもラヴィリアは包み隠さず話すのだが、俺の耳にはラヴィリアの言葉はほとんど入ってこない。


 それはエズラさんの表情、そしてある仕草が気になって仕方なかったからだ。


(……何でエズラさん、ラヴィリアの方を見てないんだ? それにあの口の前に手を持ってくるあの仕草……)


 エズラさんはラヴィリアが俺の事を説明してくれている最中、たった一度もラヴィリアの目を見ていない。床に何かあるのかと気になる程に、地面の一点を見つめていた。


 そして口の前に手を持ってくる仕草。赤ちゃんが指を咥える仕草のように、親指の第一関節を唇に当てている。


 口元に手を持ってくるのがクセになっている人は結構いると思うが、視線が下を向いている事と合わせて、何故か俺はその仕草が引っ掛かった。


(……考え過ぎだな。見知らぬ土地で過敏になっているだけか)

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