第7話 魔法


 森から見ただけでは村の様子が分からなかったが、村に潜入し物陰から様子を伺うと異様な空気が流れている事に気付く。


 神に見せてもらった異世界の画像とこの村の様子にはかなりの差異がある。レンガ造りの家や、この村の住人と思われる人々の素朴な無地の服装などは同じだ。


 だが、この村をうろつく白金の防具を身に纏った騎士や煌びやかな装飾を施した漆黒のローブを羽織った人間からは、今から戦争でも起きるのかという程の穏やかではない雰囲気を感じた。


(こ、これ……話しかけていいのか? 俺斬られたりしないよな……?)


 因みに今の俺の格好は野球部オリジナルの白を基調としたジャージだ。野球の強豪校に属していた為、元の世界ならこのジャージを着ているだけで周囲から結構見られたりするのだが、この世界だと別の意味で目立つだろう。


 それに俺の背中には武器とも取れる金属バットが携えられている。あの騎士やローブを羽織った人達に侵入者として排除されないだろうか。


「……悪い事ばかり考えていてもしゃーないか」


 意を決し、俺は村の様子を伺う事を止め物陰から出る。すると、



「――おい! 武器を背負ったお前っ! そこで何をしている!」



 よく通る甲高い声に思わず背筋が伸びる。

 背後から浴びせられた圧を感じるその声に振り返ると、そこには日陰でも分かる程に燦然と輝く金色の髪を靡かせた少女が、唐紅の目で俺を睨んでいた。


 黒いローブを羽織っている影響か、その少女の肌は病的なまでに白く艶やかに見え、桜色の唇も口角が下がっていなければまた違う印象を受けただろう。


 俺はその少女へ敵意が全く無い事を示すように、両手を天へと伸ばす。


「お、俺は怪しい者じゃない! 俺はただ聞きたい事があってここに来ただけなんだ!」


「嘘をつくな! お前みたいな奴初めて見たぞ! ……この村の住人では無いな。一体何の目的でこの村に近づいた! さてはルミリュエール王国の魔法士か!」


 少女は全く俺の話を聞かず、俺を敵として見ているみたいだ。今にも飛び掛かりそうな雰囲気を纏い俺の一挙手一投足に注意を払っている。


 だが俺としてはさっきから聞きなれない言葉が飛び交い若干混乱中である。勿論、少女に何か危害を加えるつもりなど毛頭無い。


「……あ、あのー」


 手を挙げたまま、間延びした声で少女に問いかける。少女は問いかけられた事で更に警戒心を増したようで一定の距離を保ったまま、


「……何だ」


「その、さっき言っていた『ルミリュエール』とか『魔法士』って一体何の事なのでしょうか……?」


 俺の問いに少女は「は?」といった様子で小さく首を傾げる。


「……おちょくっているのか?」


「ち、違いますよ! ――僕はこの世界の人間ではないんです。違う別の世界からやってきました。だからこの世界の事を何も知らなくて……」


 違う世界から来た事を言ってもいいのか迷ったが、今は誰かの助けを借りなければ生きていけないのだ。


 嘘をつくのはあまり得意ではないし、早めに打ち明けておいた方がいいだろう。神も言ってはいけないとは言ってなかったし。


 少女は俺の言葉に若干体の緊張を解き、


「違う、世界……? お前――頭でも打ったのか?」


 どうやらこの少女は俺を不審者ではなく頭のおかしい人間だと判断したらしい。


「打ってないわ! 本当に俺はこの世界の人間じゃないんだよ! 何なら本物の騎士とかがうろついてて結構ビビってるんだからな!」


 今は俺達以外周りに人は見受けられない。なら今の内にこの人にだけでも俺が危険な存在ではない事を分かってもらいたい。


 ……怪しい奴だと判断されて大柄な騎士なんかに襲われたら、一般人の俺なんかひとたまりもないからな。


 すると少女は「はあ」とため息をつき、発していた警戒心を解き俺の目を見る。


「――分かったわよ。取り敢えずあんたが私たちの敵ではない事を信じてあげる」


「ほ、本当か⁉」


「取り敢えずだって言ってるでしょ。……見た感じ貧相な体だし、もし何かあっても私の魔法で処理できそうだしね」


 少女から出てきた「魔法」という言葉に思わず反応してしまう。


 俺がいた世界ではフィクションの産物として扱われてきた魔法。もし俺がいた世界でこのような事を言う輩がいたら鼻で笑うのだが、如何せんここは異世界。


 本当に魔法が存在しているなら一度この目で見てみたい。


「……何よ。何でそんなに凝視してくるのよ。ちょっとキモイんだけど」


 少女は俺の視線から身を守るように体を抱く。


 少女の体付きは決して大人びてるとは言い難いが、黒いローブから浮き出た胸や腰のラインは意外に――って、何考えてんだよ俺。


「き、キモイ言うな! ……いや、俺がいた世界では魔法が使える人間なんていなかったからさ。一度見てみたいと思って」


 俺がそう言った瞬間、俺の視線によって引き気味だった少女の表情が急に曇る。何かまずい事でも言ったのだろうか。


「……あ、あの」


「――いいわ。見せてあげる。付いてきなさい」


少女は曇った表情を隠すようにローブを翻し俺に背を向け歩き出す。その曇った表情の意味が気になったが、言われた通り少女の後を付いて行くと開けた場所に出る。


「いい? よく見てなさい」


 少女は大きく深呼吸し、胸の前で手の平を上へと向ける。



「――炎魔ファアマ



 少女がそう詠唱した瞬間、彼女の手のひらに燃え上がる一つの炎が現れ、俺と彼女の顔を照らす。

 当然、初めて見た魔法に開いた口が塞がらない俺は、間抜けな顔が炎によって照らし出された。


 だが、同じく炎によって照らし出された彼女の表情はとても魔法を見慣れている者の表情には見えなかった。まるで初めて魔法を見たのかと思う程に、照らし出された少女の表情は嬉々に満ちていた。


 魔法によって生み出された炎より少女の表情に興味をそそられた俺は、彼女の表情を凝視してしまう。すると、少女とバッチリ目が合ってしまう。


「……ッ! ――ま、まあこんな感じよ! この世界では魔力を宿した人間なら誰でも魔法が使えるのよ。魔法が使える人間の事を『魔法士』と呼び、この黒いローブを着る事を許されるって訳ね」


「へ、へえー……。凄いな。本当に魔法があるなんて。この世界の人間は全員その魔力が宿ってるのか?」


 少女は首を横に振る。


「違うわ。魔力を持って生まれてくる人間はそれほど多い訳じゃない。……それに、魔力を持って生まれたからといって幸せな訳でも――」


 さっきまで嬉々としていた表情がまた曇る。一体どうしたというのか。


(……って。何でさっきから俺はこんな所ばっかり気付くんだ。俺が気にする事じゃないだろう)


 相手の表情や微かなクセを読んだり盗んだりする能力は、いい野球選手に備わっている事が多い。勿論、俺も試合中に相手のクセになっている仕草を発見するのは得意だ。


(これも職業病ってやつか……)


 嫌な職業病に嘆いていると、俺の前に手が現れる。


「……え?」


「え、じゃないわよ。握手よ握手。知らないの?」


「いや、握手くらいは知ってるけど……。何で?」


 いきなり差し出された手に戸惑うが、そのまま放置する訳にもいかず。


 俺は着ているジャージで何度も手を擦り汚れを落としてから、少女から差し出された手を握り返す。


(こんなに……柔らかいんだ。女の子の手って)


「まあ私の魔法を見てあんなに間抜けな顔してたしね。あんたが違う世界から来たっていうのは本当っぽいから、取り敢えず握手しといてあげるわ。――というかあんたの手……ゴツゴツしてわね」


「お、おう……。ありがとな。信じてくれて。――まぁそりゃ職業柄な」


 何でこいつはこんなに上からなんだ。見た目からして歳も多分それ程離れてないと思うんだけどな。


「――あ! そういえばあんたの名前を聞いてなかったわね。あんたの名前ってどんな名前なの?」


「俺は柳生大哉だ。歳は十八だ」


「……変な名前ね。まあいいわ大哉」


 いきなり下の名前呼びかよ。


 上から目線なのは性格的なものという事か……。


 ため息をつく俺を尻目に少女は「次は私の番ね」と張り切った様子で、高らかに自分の名を宣言する。



「私の名前は――ラヴィリア・オーバーロード。私たちが今立っている土地、ホリエント王国の――姫よ」

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