第37話

 青い草木が生い茂る草原の中で、赤いマントがひらひら動く。西を見ると荒廃した土地がずっと遠くまで広がっていて、東を見ると長い川が走っている。ラヴラはその風景を見て、改めてその新鮮さに目を輝かせていた。


「新しい世界は楽しいか?」


 前を歩いていたアミスが聞いた。


「田舎者だって言いたいの?」

「わざわざ悪い方に取るな、そのままの意味だよ。随分楽しそうに見てたから」

「僕は楽しいです!」


 二人の間に割り込むようにして、パルは満面の笑みを見せた。


「たしかにパルは楽しそうだな」


 そういって笑うアミスのことを、ラヴラは訝しげに見つめる。


「――なんだ、まだ厭味ったらしいとでも思ってるのか?」

「べつに。ただ、私たちの名前ちゃんと覚えてたんだなぁと思って」

「……人の名前くらい覚える」


 ぷい、と前に向き直るとアミスはさっさと歩いて行った。

 しばらく歩くと、西の空が茜色に染まった。アミスは歩みを止め、振り返る。


「今日はここで野宿にしようか」

「もう少し進まないの? ウルフの奴らが追いかけてきてるかもしれないのに」ラヴラが言った。

「追いかけてきているなら、とっくに俺たちを見つけているさ。ずっと後ろを注意してたがそれらしい人影は無いし、東から大回りするなら時間がかかる」

「西からは?」

「これだけ開けてるんだ、近づいていたらすぐに分かる」

「それはそうかも」


 どさり、と鞄を地面に置くと、アミスはその場に座り込んで空を仰いだ。


「あー、疲れた」

「疲れましたねぇ」


 パルも地面に座り、リュックを下ろす。少しだけ苛立った様子を見せたラヴラも、諦めた様子で大人しく地面に座った。うらめしそうにアミスを見ると、彼は鞄を開けて荷物をあさっていた。中から小さなケースを取り出し、筒のようなものをいくつか摘まみ上げてラヴラの方へその腕を伸ばした。


「ほら」

「これ、爆竹だっけ?」

「よく覚えてたな」

「便利そうだったから」


 受け取った爆竹をしげしげと見つめる。隣にいたパルも顔をぐっと爆竹に寄せてつぶさに観察した。


「火をつけて少しすると轟音が鳴る。どれだけうるさいかはもう知ってるな」

「いいの? お金とか」

「必要ない。いざという時の為に持っておけ。目眩しにはなる」

「……ありがと」


 ラヴラは呟くように言うと、手に持っていた爆竹をマントの内ポケットに入れた。

 程なくして空全体が夕焼け色に染まり、次に星の降る夜があたりを覆った。青白い月明かりの下で焚き火を炊いて、アミスが村で買ってきていた干し肉と硬いパンを入れたスープをつくった。草むらから物音がするたびに三人は警戒したが、虫か小動物だとわかるとほっと息をついた。


「アミスさんは、これからどうするんですか?」


 食後に入れてもらったお茶を飲みながら、パルが尋ねた。アミスは少し考えてから肩をすくめた。


「何も決めてない。まあ、ヴォルマグやリタスの街で仕入れたものを売りに行くさ」

「次はどこに行くんですか?」

「まあ、この近くであればプロスあたりが妥当かな。王都レギスにいくのも良い」

「それはどんな街なんですか!?」


 パルは目を輝かせている。


「プロスは東の国との貿易が盛んで、いつも賑わっているな。レギスは王都だけあって騎士団が常駐しているから、ちょっと息がつまる」

「へえ、騎士団。一度見てみたいなぁ」

「見てどうすんの。騎士団にでも入るつもり?」とラヴラ。

「僕じゃ無理だよ。でも姫を守る騎士って、一度は憧れるだろ」

「実際に守っているのは姫というより皺の入った老人だがな」


 とアミスは言った。少し楽しそうだ。


「えぇ……」


 心底残念そうに、パルは肩を落とした。


「夢みがちだね、あんたは」

「ラヴラが現実主義な分、僕が夢をたくさん見てるんだよ」

「姉弟でもあるまいに」

「昔から一緒にいるんだから、似たようなものじゃん」

「どうだか」

「冷たいなぁ、もう」


 鬱陶しそうに手をひらつかせてあしらうラヴラ。そんな彼女の様子をみて、パルはわざと近寄ってラヴラをイラつかせて遊んでいる。そんな二人の様子を見ていたアミスは、なぜか懐かしそうに微笑んでいた。


「なに笑ってるの? すぐそうやってバカにして……」


 アミスの視線に気づいたラヴラは、口を尖らせている。


「悪い、バカにしたつもりは無いんだ。ただ懐かしくてな」

「懐かしい?」

「ああ、大した話じゃない」

「……」


 ラヴラとパルは言い合いを止め、じっとアミスのことを見つめた。気づかないふりをしていたアミスもずっと見つめてくる二人についに根負けし、足元に咲いていた小さな白い花を一輪手折って指先で転がしながら話し出した。


「俺には恋人がいたんだ。白い花が好きだった。今よりもずっと若い頃で、彼女とは友人のようでもあった。付き合いはそこまで長くなかったが、昔からの知り合いのような居心地の良さだった」

「へぇ、恋人いたことあったんだ」


 ラヴラの方を見ると、アミスはにっこりと笑った。ラヴラは黙った。


「二人を見ていると、時々彼女のことを思い出す。しばらく思い出していなかったーー思い出さないようにしていたんだな。気が付かないうちに」

「その人とは結婚しなかったんですか?」


 パルが言った。


「大人には色々事情があるんだよ。君たちにはそんな複雑な状況に陥って欲しくないもんだ」

「すでに陥ってるっての」

「それもそうか」


 はははっと大口を開けて笑った。アミスがそんな風に笑うのが珍しく、二人はきょとんとしていたが、すぐにアミスと一緒になって笑った。

 ひとしきり笑い終えると、三人はリュックを枕にして眠りについた。助けてもらった代わりにと見張りを請け負うことを提案したラヴラだったが、二人に断固反対された。そして結局、アミスが見張りを担当することになった。


「三時間くらい経ったら起こしてください。僕が代わりますから」


 そう言っていたパルも横になるなり数秒で眠りに落ちた。


「これは起こしても起きなさそうだな」


 一人で呟きながら、アミスは優しい風の吹く夜の草原を見渡した。周囲に人の気配はなく、銃の手入れでもしようかとリュックに手を伸ばした。だがその手はリュックに届かなかった。


 


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復讐は自分の銃で @rintarok

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