第36話

 夜が明けたリタスの街。火事だと思われていた大量の煙は、街の近くで木の皮が燃えていただけだと判明した。小さな火も出ていたが、バケツに入れた水を二〜三回かければ鎮火する程度の炎だった。煙が風に攫われた後でその事実を目の当たりにした住民達はうんざりした顔をして各々の家へと帰っていった。みんな疲れ切っていて、娘を探す老婆の言葉に耳を貸すものはいなかった。


 一方ラヴラが囚われていた小屋には、火事だと思って一目散に逃げ出した組織の下っ端達が戻ってきていた。小屋の惨状と、金蔓のラヴラが消えた事実を目の当たりにして絶望した。「どう言い訳するんだ」と誰ともなく呟いた。だがその答えをもっている者はいなかった。


「とにかく死んだ奴らを地面に埋めてやろう」


 逃げ出したうちの一人が言った。残りの二人はうんうんと頷いた。手に持ったピストルを一度テーブルに置こうとしたとき、視界の隅に人影があるのに気がついた。「きゃっ」と筋骨隆々の体に似つかわしく無い悲鳴をあげて飛び上がる。そこには右頬に大きな傷跡がある男が立っていた。ヴォルマグの森でラヴラを襲った男、ヴァルタだ。


 ヴァルタは黙ったまま小屋の中を見渡した。その間、逃げ出した三人組は体を小さくして首を垂れていた。割れた窓ガラスや床に倒れた味方を見たあとで、ヴァルタは目の前の三人に視線を戻した。


「ーー何があったんだ?」


 表情一つ変えずにヴァルタは言った。


「えっ!? いや、それは俺たちもよく分からなくて」

「分からない? なぜだ」

「昨晩は街で火事が起きて、俺たちは火事から逃げてたんで、ここで何があったのかはよく分からねぇんです」

「急にオレたちに歯向かう人間がいるとは思えない。思い当たりは無いのか」

「それはーー」


 三人は顔を見合わせて黙った。ヴァルタは三人が話し出すのをしばらく待っていたが、いつまで経っても続きを言わない男達に痺れを切らし、手近にあった椅子を思い切り蹴り上げた。バン、と大きな音が響き、男達は竦み上がった。


「今から一人ずつ撃っていく。死にたく無いならさっさと本当のことを言うことだ」

「ちょ、ちょっとヴァルタさん。そりゃいくらなんでも横暴なーー」


 ドン、と発砲音が部屋に響いた。テーブルに置いてあったピストルを素早く手にしたヴァルタが、即座に引き金を引いたのだ。発砲された弾は男の太ももを撃ち抜いた。男が悲鳴をあげて太ももを両手で抑えると、ヴァルタは男の頭頂部に銃口を突きつけた。


「分かった、分かった! 言うよ!」傷口を抑えながら男は顔を上げる。「数日前、俺たちのコインについて聞き回っているガキがいるっていうんでそいつを捕まえて監禁してたんだ。この小屋の地下に監禁してて、折を見て本部まで連れていく予定だった。だが、その前に昨日の火事騒ぎが起きて、戻ってきたらこんな有様だったんだ。嘘じゃねぇ」

「……その子供はどんな見た目だった?」

「女だったよ。赤いマントを着た金髪の、威勢のいい女だった」

「ーーまさか森で会った女か?」

「え?」

「ーーなんでもない」

「あ、ヴァルタさん。どこへ行くんですか」

「用事は済んだ。オレはもう行く」

「ヴァルタさん! どうか今回のこと、リーダーには内密に……」


 入り口付近まで歩いていったヴァルタは再びこちらへ向き直り、にいっと口角をあげた。あまりに不気味な笑い方だったので、男達は黙ってしまった。すると、ヴァルタは肩に掛けていた銃を取り出して突然男達の方へ向けた。ドン、と有無を言わさず一発撃つ。足を撃たれていた男の頭を銃弾が貫通した。男はどさりと倒れる。残りの二人の内、片方は腰を抜かしてその場に尻餅をついた。


「ひ、ひぃ……」


 悲鳴が終わるよりも前に、ナイフを持ったヴァルタが男の首を掻き切ってしまった。その男が持っていたピストルを奪うと、裏手口に向かって走っていた男の背に向けてピストルを撃った。逃げていた男はびくりと体を震わせたあと、うつ伏せで床に倒れ込んだ。


 ヴァルタはスボンのポケットからハンカチを取り出すと、血で汚れた両手を布で拭いた。それから銃を肩に掛け直し、男達を一瞥した。


「仲間を見捨てて逃げ出した挙句裏切り者を捕まえることすらできない無能なんて、生かす価値もない」


 そう独り言を呟くと、物音もさせずに小屋を出ていった。小屋の外では銃声を聞いた住民達が不安そうにこっちを見ていた。だが小屋から出てきたヴァルタの顔を見るなり、蜘蛛の子を散らすように逃げていく。


「赤いマントに金髪……。森で会った女か? 婆さんが何だとかって言ってたな……」


 ぶつぶつ言いながら、ヴァルタはリタスの街へ消えた。

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