第35話

「弾がねえぞ! 次寄越せ!」


 小屋の中から男の怒鳴り声が聞こえる。コートの裾を引っ込めたアミスは、素早く体を乗り出して銃を構え、あっという間に発砲した。小屋の中から潰れた蛙のような声が聞こえ、小屋の中はしんと静まり返った。アミスは再び石塀の後ろに隠れると、ボルトを引いて薬莢を取り出した。次の弾を装填すると、ラヴラに手で合図した。後ろに回れというサイン。


こくりと頷いて、パルを待機させたまま塀づたいにぐるりと回ってくると、猟銃の先を塀から出して合図を送った。それを確認したアミスは再びコートの裾を塀からヒラつかせてみたが、相手が撃ってくる様子は無い。籠城戦をする気は無いらしいと気が付いたとき、小屋のドアがバンと音を立てて開いた。ドアから大きな黒い影が飛び出してきて、アミスは咄嗟に後ろへ飛び退いた。――が、それがただの椅子だと気が付いたときには遅かった。自分の姿が塀から大きくはみ出している。小屋を見上げた時、二階から自分を狙う銃口に気がついた。


「アミスさん!!」


 ピストルの銃口が光り、頭に強い衝撃を受けた。アミスはそのまま地面に横たわった。視界がグラグラ揺れる。


「アミスさん、大丈夫ですか!」


 無意識に装填の合間を縫ってパルが駆け寄ってきた。


(大丈夫な訳が無いだろう……)


 そう思ったが、アミスはまだ自分の意識があることに気が付いた。打ちどころが良かったのか? と痛む箇所に手で触れる。痛みはあるが血が出ている様子はない。


「ごめんなさい、僕咄嗟に……」


 そこで言葉を切るパルに違和感を持ちながら、アミスは体を起こした。自分のすぐそばに鞄が落ちているのに気が付いた。鞄の表面に銃弾がめり込んでいる。


「これを投げたのか?」

「ごめんなさい! これしか無くて!」

「――いや、助かった」


 頭をさすりながら起き上がり、パルを引っ張りつつ塀の裏に隠れた。まだチカチカする視界の中でふうっと一息つくと、今度はラヴラが向かった先から銃声が聞こえた。


「ラヴラ――」

「馬鹿、頭を上げるな」


 思わず立ち上がろうとしたパルの頭を手で押さえつける。


「あの子は武器を持っている。今は信じるしかない」

「でも……二人で来られたら」

「家の中に残っているのはおそらく二人だけだ。そのうちの一人は俺たちを狙ってる。一対一なら勝機はある」

「勝てますか?」

「ラヴラ次第だ。とにかく今は残りの一人をどうにかすることだけ考えろ。こっちが殺されたら助けられるものも助けられなくなる」

「はい……」


 しょぼくれるパルの頭を撫でると、相手が投げてきた椅子を脚で手繰り寄せる。敵の弾が椅子の淵を吹き飛ばしたが、今がチャンスと思い切り引っ張った。


「パル。ボール遊びは得意だったか?」

「……あんまり」

「じゃあ今だけ得意になってくれ。向こうが発砲したら椅子を思い切り二階の窓に向かって投げろ」

「と、届かないかもしれませんよ!?」

「目くらましができればそれでいい。頼むぞ」


 パルが返事をするよりも前に、アミスはコートを脱いだ。それから手近な石をコートでくるむと、少し待ってからドアに向かって投げつけた。ドン、と銃声の音が鳴る。パルが塀から乗り出して椅子を投げるのと同時に、アミスは小屋のドアに体当たりした。


 転がるようにして小屋に入ったアミスの背後に、突如人影が現れた。足音一つ聞こえなかったはずだった。振り返って銃口を向けると、猟銃を手に握ったままの男が地面に倒れ伏していた。二階からはガラスの破片がパラパラと落ちてきている。


「――大丈夫?」


 聞きなれた声。ラヴラだ。小屋の奥に警戒しながら玄関口へ戻ると、二階から首を出すラヴラが見えた。


「無事だったか」

「そっちが二人とも引き付けてくれたおかげでね」

「そりゃ結構。怪我は?」

「さっき撃たれた太もも以外は無事。それから、こっちも無事」


 そういってラヴラは片手に持った祖母の猟銃を見せた。


「――良かったな。よし、他の奴らが戻ってくる前に逃げるぞ。早く降りてこい」

「今降りる」


 部屋の奥に引っ込んだラヴラは、しばらくすると小屋の奥から現れた。自分のリュックと猟銃を持っていた。彼女は玄関を通って二人の前で立ち止まった。


「……」

「どうした。何か見つからなかったか?」

「ううん。あの、なんかさ」


 歯切れの悪いラヴラに、アミスは首を傾げた。


「いや、なんていうか、ごめん」

「ーー悪いと思っているなら、今はそれでいい。話したいこともあるが今はとにかくここを去ろう」

「あ、まって。あの子――」ラヴラは自分を助けようとして撃たれた女を指さした。「私を助けようとしてくれた。あのままにはしておけないよ」


 地面に伏した女を見てから、アミスは首を横に振った。


「いつ仲間が戻ってくるか分からない。散り散りになった奴らが来たら? 増援を呼んでいたら? 今回は運が良かっただけだ。あの女性は他の住民がなんとかするだろう」

「でも――」

「俺たちが助けに来たのを無駄にしないでくれ」


 そういったアミスの顔は、ひどく冷たく見えた。本当ならこの小屋で生き残っている郎党に詰問して、祖母の話や組織の話を聞きたかった。だが、そんなことを言ったところでアミスは首を横に振るだけだろう。


「……わかった。行こう」


 小さく頷いたアミスは地面に放り出されていた鞄を取り上げると、人ごみに紛れるようにして小屋を離れた。ラヴラもパルも、黙って彼についていった。そうして三人はリタスの街を出た。

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