第31話

 ラヴラがウルフの手先に捕らわれたころ、アミスとパルはリタスの西側にいた。遠巻きに見た限り街の様子に異変は無いが、アミスは枯草の影に隠れたままじっと動かない。そんなアミスの様子に痺れを切らして飛び出そうとしたパルの腕を、アミスはさっと掴んだ。


「やめておけ、無策で行っても殺されるだけだ」

「ラヴラは無事でしょうか……」

「さっき南門の方角に馬車らしきものが見えた。彼女はそれに紛れている可能性が高いだろう」

「じゃあ、無事にリタスに?」

「いや。このタイミングで入り込む馬車なんて怪しさ満点じゃないか。もしラヴラが本当に馬車に乗り込んでいたら、とっくに捕まっているだろうな」


 その言葉を聞くと、パルは再び駆け出そうとした。彼を捕えている手に力を入れて、アミスはぐいと引っ張った。


「早く行かないと!!」

「わかってる。わかってるが、ここで焦って下手なミスをすれば、それこそ彼女を助ける人間がいなくなる」

「でも……」

「なに、すぐには殺されないさ」

「どうして?」

「長年の勘かな」

「……あんまり信じられないです」


 ふ、と小さく笑うと、アミスは上着の内ポケットから小さな双眼鏡を取り出した。双眼鏡を通してリタスの街をじっと観察する。やはり見た目上は何の変哲もない。だが、肌が泡立つような嫌な感じがした。きっと大丈夫だという楽観的な気持ちと、焦るなという冷静な気持ちが頭の中でせめぎ合う。


「彼女がコインについて村人に聞きまわったとき――」双眼鏡から目を離して聞いた。「詳しい話をしていたか?」


 パルは不思議そうな顔をして首を横に振った。


「ただ、コインが何かって聞いただけだったと思います。どうして?」

「ラヴラがコインを持っていた理由を、あの男たちは知りたいはずだ。コインは復讐の証。そしてウルフは無礼者には容赦しない。無礼者の関係者を殺せば報奨金も出る。生きたまま連行すれば二倍の報奨金が出る」

「報奨金!?」

「だから、関係者かどうかを確かめようとするはずだ。全く関係のない者を連れて行ったところで、笑いものになるだけだから」

「ラヴラのおばあさんは一体なんで、ウルフに恨まれてしまったんだろう」

「それが分かれば苦労しないな。まあ、そういう訳で、急がなくても問題はない。彼女が関係者だと分かればあいつらは生きたまま連行しようとするだろう。そこを捕らえるのが良策だ」

「もし関係者だと証明できなければ? 例えばラヴラが黙ったままだったり、逃げるために嘘をついたりしたら?」

「……それが一番、最悪だ」


 わずかな希望を抱いていたパルの顔がさっと曇った。


「どうしよう、どうしよう……」

「だから、少し待ってろって」

「でも! ラヴラが無事だって保障はないんでしょ!?」


 今にも泣き出しそうな目で見上げてくるパルに、アミスは少したじろいだ。


「あのな、元はといえば君たちが俺の言いつけを破ってコインのことを聞きまわったからこうなったんだ。だからやるなと言ったのに」

「こんなことになるなんて、分からないですよ!」

「それは君たちが世間知らずすぎるからだ」

「だって、僕たちはずっとヴォルマグで生活してきて……外の世界なんて……」


 手をぎゅっと握りしめ、パルはついに泣き出した。やってしまった、といわんばかりの顔でアミスは空を仰いだ。


「わかった、わかった。俺が悪かった。計画を変えよう。本当はあいつらがあの子を連れ出してリタスを出るのを待ちたかったが仕方ない。多少無理をしてでも南門を突破しよう」

「南門を? どうせなら北門まで回った方が、バレないんじゃないですか?」涙を手の甲で拭きながら言った。

「確かにそうなんだが、どうせ北門も警戒されているだろう。それに彼女が捕まっているとしたら南門の方が都合がいい。ウルフの支部があるのはリタスの街の南東だからな」

「それも、常識なんですか?」

「リタスの街の人間ならな。あー、泣くな。知らないのは仕方ない。今知ったから問題はないさ」


 それから五分か十分か、アミスはパルが泣き止むのを待たなければいけなかった。パルはやっと落ち着きを取り戻すと、赤くなった目を手の甲でこすりながら、ラヴラがいるはずの街を見た。それからアミスの方に視線を移していった。


「あの」


 まるで荒地の岩のようにじっと動かずにいたアミスだったが、パルの声に反応して首をこっちに向けた。


「あの、ごめんなさい。本当はリタスに連れてきてもらうだけの契約だったのに」


 アミスは再び視線をリタスの方へ戻し、そっちを向いたまま応えた。


「本当にな。なんで赤の他人の、しかも子供二人を連れて逃げ回った挙句、危険を冒して助けにいこうとしてるんだか。狂気の沙汰だ」


 申し訳なさそうに俯いたまま、パルは黙っている。


「だが一つ丁度よかったこともある」

「え?」


 ぱっと顔を上げた。


「北に行こうと東に行こうと、あのまま進めばウルフの下っ端どもに追いかけられていただろう。一度見つけた獲物だ、俺たちをそうそう逃がすとも思えない。西のエソラ―タにでも行かない限り必ず奴らに追いかけられていた。だから、後ろから虚を突かれるくらいなら今のうちに叩きのめしておいた方が良いかもしれないな」

「……ありがとうございます」

「別に気を使っているわけじゃない。本音だ」

「ふふ」

「何笑ってるんだ。ほら、体を休めておけ。夜は走り回ることになるぞ」

「は、はい!」


 乾燥した土の上にごろんと横になると、パルはリュックを枕にした。と思うとすぐに寝息を立て始めた。あまりに寝入りがはやいので、アミスは眉を八の字にして笑った。

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