第30話
死んだ、と思った。ラヴラが幌をめくったとき一番初めに目に入ったのは銃だった。いつの間にか馬車を取り囲んだ五人の男が、全員ピストルをラヴラに向けていた。咄嗟に肩にかけていた銃へと手を伸ばしたが、「動くな」という男の声に手を止めた。彼女が大人しく手を下したのを見て、ピストルを持った男は言った。
「昨日会ったときとは随分違う。仲間がいなけりゃしおらしいな」
声のしたほうを見ると、夜に宿へやってきて二人を襲った男が立っていた。
「五人対一人じゃ分が悪すぎる。昨日と違って奇襲する暇も無いしね。ーーで、御者はどこいったの?」
「逃げたよ。お前が俺たちウルフのコインを持っていると教えてやったら、荷物も自由にしてくださいとさ。馬にのってとっとと逃げた。逃げ足は一丁前の男だったな」
そういうと、残りの四人は声を上げてせせら笑った。
「私をどうするの? 殺すならとっくに殺してると思うけど」
「お前、ここいらの出身じゃないだろう。商人だったとしても何度か見てれば顔を覚えるが、お前のような女は見たことがない。どこから来た?」
ヴォルマグ、と言おうとして黙った。樹上の村ヴォルマグは周囲との関りを絶ってひっそりと暮らしている。祖母を殺した男が村にまでやってこなかったのも、きっとヴォルマグの存在が知られていなかったからだ。このような男たちにヴォルマグの存在を知られ、危険にさらしたくは無かった。
「ずっと南の村」
「もしかしてエソラータの村か?」
「……」
「黙っているってことは肯定だな。そういえば森に入ったやつがババアを殺しただのと噂が回ってきたが、国境の森を通って逃げていったのか……。それなら今更探しても……」
(逃げたって、どういうこと?)
男たちが勝手に勘違いしていくのをラヴラは黙ってみていた。
「まあ良い。この女を連れていけ。――おい、馬車から降りて銃を地面に置け。ゆっくりだ。ハチの巣になりたくなければ言うことを聞けよ?」
「わかった、今更何もしないよ」
「俺の部下を一人殺した女の言うことは信用できねぇな」
元はと言えばお前たちが襲ってきたのが悪いんだろうと言いたかったが、今は言葉を飲み込んだ。言われたとおりにゆっくりと馬車を降り、肩にかけていた銃をそうっと地面に置いた。すかさず男たちに取り囲まれ、麻縄で両手を後ろ手に縛られる。
「随分と落ち着いてるな」
男が言った。
「別に? 諦めただけ」
「それが良い。ウルフに歯向かったら碌なことにならない。ま、今身を持って理解しているだろうがな!」
大声で笑う男に聞こえないよう小さく舌打ちをした。
男たちはラヴラを引っ張って、馬車が停められた場所の近くにあった家へと連れて行った。二階建ての家は他の家屋から少し離れた場所にひっそりと建っていた。
ラヴラが男たちに連れていかれている間、住人や警備隊らしき男がこちらをちらっと見たが、すぐに顔を背けて去って行ってしまった。リタスの住人はこの家とできるだけ関わらないようにしているようだった。元から助けなど頼りにしていなかったとはいえ、露骨に見ない振りをされてラヴラも少し応えた。殺されてしまうかもしれないという不安が頭を過るたびに、首を振って考えを吹き飛ばした。
家に入ると、すぐ右手に扉があった。開け放たれた扉の向こうを覗き込むと、狼の入れ墨をした男たちが椅子に座っていた。大きなテーブルにはトランプや酒、パンの食べ残しなどが置いてある。家全体が酒とタバコの匂いで包まれていた。
「ほら、早く進め」
ラヴラの後ろに立っていた男がピストルの銃口でラヴラの背を押した。文句の一つも言ってやりたい気持ちを抑えながら、言う通りに廊下を進む。廊下の左手には下に降りるための階段があり、ラヴラと男たちはその階段を降りた。
階段は地下につながっていた。地下には窓一つなく、じめっとしていてカビ臭い。土がむき出しになっていてフローリングさえ敷かれていないそこに降り立つと、男たちは階段を上っていく。
「ねえ、ランプくらい点けていってよ」
そういうと、男はチッと舌打ちをした。一度下に戻って壊れかけのテーブルに置かれていたマッチを取ると、壁に掛けられていたランプに灯をともした。
「トイレは――」
男はもう振り返らなかった。階段を上り切ると、階段と廊下を区切る扉を閉め、閂を通したような音がした。地下はあっというまに暗闇に包まれ、ランプの小さな明かりだけが浮かび上がった。
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