第29話

 ラヴラを荷台に載せた荷馬車は砂利道を通ってがたがた揺れた。時々大きな段差を超えると荷台がより一層強く揺さぶられ、中にいたラヴラの奥歯がガチンと音を立てた。うんざりした顔で布にくるまっていたラヴラだったが、遠くから賑やかな話し声が聞こえてきた時は思わず神妙な面持ちになった。リタスに着いたのだ。ごくり、と唾を飲み込むと出来るだけ頭を下げて荷物の間に隠れた。


 御者の方はといえば自分たちが今何に巻き込まれているのか正しく理解していなかったせいで大した緊張はしていなかった。むしろ通行料を少なめに払うことで気に食わない南門の門番を懲らしめてやろうとすら思っていた。だが、いつも通りにリタスの南門に来た時驚くべき光景が目に入った。珍しく南門の門番が真面目に仕事をしていたのだ。盗賊の銃声がここまで聞こえて警戒しているのだろうか。御者は馬車の速度を落としてゆっくり南門に近づくと、門番の少し手前で馬車を止めた。


「よう、お疲れさん。いつも通り食品や調味料か?」


 先に話しかけてきたのは門番だった。いつもなら門柱に寄りかかって面倒そうにしている中年の門番が、今日は珍しく背筋を伸ばして立っている。


「珍しく仕事熱心じゃないか」


 御者は言った。


「俺はいつでも真面目だよ。ところでーー実は人を探しているんだが、ここに来るまでに妙な三人組に出会わなかったか?」

「三人組?」

「ああ。若い男女と、それを引率する大人の男だ」

「なんだ、そりゃあ。そんな情報だけじゃ会ってたとしても分からねぇよ。それに南口の方は人気が少ないって知ってるだろ。あそこを通るのは盗賊か商人くらいだ。その三人組は盗賊なのかい?」


 そう言いながら、御者の男はあらかじめ用意していた小袋をズボンのポケットから取り出した。じゃらり、と音を立てる小包を門番の男へ手渡す。


「違う違う。ただちょっと別件でな。心当たりがないならいいんだ。ーー確かに、二千コインだな。よし、通って良いぞ」


 御者が馬を進めようとした時、いつの間にか馬車の近くに見知らぬ男が立っていた。男は光のない陰気な目でじっとこちらを見ていたが、ふいに音もなく御者の方へ近寄ってくるとボソボソと言った。


「本当に知らないのか」

「なんなんだアンタ。さっきから知らないって言ってるだろう」

「これは”コイン”に関わる話だ。隠したりすれば、ただじゃ済まされないぞ。分かるよな?」


 そんなやりとりが行われているとはつゆ知らず、ラヴラは荷物に紛れてうずくまっていた。今か今かと荷馬車が発進するのを待ちながら、万が一に備えて銃は両手に持っていた。さっきまでは門番との会話が聞こえていて、通行料を払った様子もあった。それで安堵していたのに、馬車は一向に進まない。なにか問題が起きたのかもしれないが、下手に動いて気配を気取られてもまずい。ラヴラは荷物の間の狭い隙間でじっと待っていた。万が一門番にバレたら、銃を撃ってすぐに逃げよう。ちら、と馬車の尻をみると幌の間から日差しが差し込んできているのが見えた。今の時間は姿がはっきり見える。逃げるにしては最悪な時間帯だ。どうか逃げなくても済みますようにと信じてもいない神に祈っていると、突然がたんと馬車が大きな音を立てた。そして車輪が軋みだし、ゆっくりと前進し始めた。


(よかった、無事に門を通れたんだ)


 聞こえないようにふうっと小さなため息をつくと、銃を握りしめていた両手から力を抜いた。

 馬車はがたんがたんと規則的な音を立てながら街道をすすんでいった。門から少し離れた場所までやってきたことを確認すると、ラヴラはそうっと荷物の間から抜け出した。それから荷台の後ろの方へと移動すると幌の隙間から外を覗き見た。初めてリタスにきた時に見た靴屋や服屋が見えた。若い男女が笑いながら店に入っていく。街道を子供たちが駆け抜け、その姿を老婆が優しそうに見守っていた。一緒に行こう、と老婆の手を引く幼い少女はいつかの自分と重なって見える。ラヴラは視線を落とすと荷台の奥に引っ込んだ。


(どこまで行くんだろ)


 ゆるやかに前進し続ける荷馬車の中でラヴラは待った。街の喧騒から離れ、周囲から人の気配が消えたとき、馬がいななき馬車が止まった。御者が声をかけてくれるのをしばらく待っていたが、御者の二人はむっつりと黙ったまま。しびれを切らしたラヴラは銃を肩にかけてからそっと幌をめくった。





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