第28話
荷馬車を止めている男達は、口々に「降りろ」とか「早くしろ」とか怒鳴っている。尋常では無い様子に馬の方が怯え切って来た道を戻ろうとしていた。だが馬を操っていた御者も負けたものでは無い。「轢いちまうぞ!」と大声で叫び、鞭を馬に振るう素振りを見せている。だが馬の様子を見るに、鞭で打たれればパニックを起こして馬車ごと川に転落するのが関の山だ。三人の盗賊もそれが薄々分かっているのかいないのか、ニヤニヤしながら荷馬車の御者を見ていた。やにわに、盗賊のリーダーがピストルを上空に向けた。
「少し遊びでもしよう。もし俺がこのピストルを撃ったときに馬が逃げ出さなければここを通してやるよ。だが、逃げ出したらそっちの負けだ。勝負に乗らなくても撃つぞ」
「そんな無茶苦茶な話があるか」
「で、どうするんだ。やるのか、やらないのか!」
御者はぐっと口をつぐんでいたが、諦めたように項垂れた。
「なにその傍若無人な遊び。大体、馬が逃げ出さなくても通してやるとは言ってるけど、荷物は奪うつもりなんじゃないの?」
突如聞こえた女の声に、盗賊達は驚いてあたりを見回した。すると青く茂った草原にぽつりと赤いマントが見えた。風に揺られてざわめく草原。赤いマントの下の金髪が揺れていた。
「お、お前、この間のーー!」
「どうもご無沙汰。またこんな下らないことしてるんだ。怪我はどう?」
草原を一歩ずつ前に進む。盗賊のリーダーは天に向けていたピストルをラヴラに向け直した。
「一応有効射程内。だけどアンタ達のノーコンっぷりならこの距離でも外す」
「ああ!? 撃ってみるか?」
「いいけど、さっきのピストルの音を聞いてあの二人がここに向かってる。もう一度撃てばアンタ達の居場所をよりハッキリ示すことになるかもね」
三人の盗賊は顔を見合わせた。ラヴラとアミスに撃たれた場所がズキリと痛んだ気がした。一番最初に逃げ出したのは、髭面の男だった。おい、と引き止めるリーダーの声に振り向きもせずに駆け出した。それに引き寄せられるようにもう一人の男も逃げ出し、ついにはリーダーまで逃げ出した。盗賊達が完全に見えなくなるまで銃をしっかり構えていたラヴラだったが、彼らの姿が草木の中に消えて見えなくなると銃を下ろした。
御者はゆっくり馬を進ませて橋を渡り切ると、馬車を止めて帽子を脱いだ。
「どこのお嬢さんか知らねぇが、本当にありがとう。おかげで助かった」
「だから銃くらい持った方がいいって言ったんだ」若い方の御者が言った。
「うるさい、今はそんなことどうでも良いんだよ。お嬢さんはどこへ行くんだ? お礼に乗っけて行こう。それにしてもリタスの南で人に会うのは珍しい。ほとんどが北の方から来る人ばかりだろう」
「ちょっと賭けに負けてね。逃げてきたんだけどリタスに戻りたいんだよね」
ラヴラは出来るだけ感じよく答えた。
「ああ、もしかして南門の門番か? あいつら賭け事好きだからなぁ。こんなお嬢さんにまで賭け事をふっかけるなんてロクでもないな、まったく。あとで会ったら叱っておこう」
「それは良いんだけどさ、こっそりリタスに戻りたいんだよね。後ろの積荷に隠してもらえない?」
「ああ、構わないよ。どうせ無茶な賭けでもさせられたんだろう。なに、二人分の通行料で三人通ったって別に門番は得しかしねぇんだ。問題ないさ。だが仲間がいると言ってなかったか?」
「あれは嘘。ーーいや、半分本当かな。さっきまで一緒にいたけど今は別行動してるの。多分ピストルの音は聞こえてないんじゃないかな」
「そうだったのか。まあ待つ必要がないなら構わんが。そうと決まれば後ろに乗んな。少し揺れるから気をつけろよ」
「いいの? ありがとう」
「こっちこそ」
苦手な作り笑いで礼を言うと、馬車の後ろに回って幌に覆われた荷台に乗った。中には木箱や麻袋が積み込まれていて、その隙間を縫うようにして乗らなければならなかった。木箱を少しだけずらして一人分のスペースを作ると、ラヴラはそこにすっぽりと収まった。
「そこらへんに埃避けの布が丸まってるだろう。お嬢さんのマントじゃ目立つから、上から被っておきな。あんま綺麗じゃねえが、我慢してくれよ」
「わかった」
三段に積まれた木箱と芋の入った麻袋の間に、丸められた布を見つけた。四つん這いになって腕を伸ばし、布を引っ張った。丸まった布は紐で括られていた。紐を解くと、うっすらと埃がたった。今すぐ馬車の外に布を放り捨てたくなったが、マントで口を覆うと上から布を被った。ほんの少しの辛抱だ、と自分に言い聞かせながら。
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