第27話

「なんであんなに勝手なんだ……ッ!」

「すみません……」


 思わず口から溢れた愚痴に答えたのはパルだった。


「いや、君のせいじゃないのは分かってる。分かってるが……昔からあんな感じなのか? 疲れないか?」

「疲れますね。でも臆病者の僕には無い勇敢さを持っていて羨ましくもあります」

「あれは勇敢というより無謀だが……」

「それでも、もし僕がラヴラなら同じことは決してできない。毎日泣いて過ごすだけで、恨みをつのらせても森を出る勇気すら無いですよ」

「ううん……、それでも命があるならマシな気もするけどな。とにかくあのお転婆娘を追いかけよう。まだ追いつける内に」

「はい!」


 火の後始末をしてリュックを背負い、地面に置いていた鞄を拾い上げる。いざ、と歩き出そうとしたがすぐに振り向いた。


「あのお転婆は地図を持っていたっけ?」

「いえ、少なくとも僕と一緒にいた時には持っていなかったし、買ってもいないと思います」

「次の目的地について何か話は?」

「特にしませんでした」

「……クソ、最悪だ」


 パルは不思議そうに首を傾げた。


「なにが最悪なんですか?」

「森の外の地理に疎い彼女が知っている場所が二つだけある」

「ヴォルマグと、リタスですか? ーーあ」

「あの性格じゃあ……」

「大変だ、急ぎましょう! ラヴラは絶対にリタスに戻ってる!」


 叫ぶが早いか、パルは走り出した。


「おい、リュック!!」


 彼のリュックは寂しそうに地面に横たわっていた。アミスの叫び声は虚しく荒野に響き、その声に気が付かないままのパルはリタスへと向かって走っていった。彼の頭上を鳥が追い抜き、二人のことを不思議そうな顔で見下ろした。


 一方、二人を荒野に置き去りにしてきたラヴラは再び南下していた。もちろんヴォルマグに戻る気はさらさら無く、生い茂る草木に身を隠すために南へ戻ってきたのだ。一度北に回ることも考えたが、いくら街沿いにぐるりと大回りするだけとはいえ土地勘の無い状態であまり長い距離を歩きたく無かった。

 腰まで茂る雑草の中に腹ばいになり、ラヴラはじっと前を見た。視線の先には整備された道があり、道はずっと北のリタスへと続いている。遠目に見えるリタスは初めて見た時と同じようにしか見えず、ウルフという組織の人間が争いを起こしているようには見えなかった。


「さて、どうするか……」


 地面に腹ばいになりながら、ラヴラはリュックを下ろした。中から双眼鏡を取り出すともう一度リタスの方を見た。門の前には見覚えのある門番が二人突っ立って、何かを話している。どうせまた下らない雑談でもしているのだろう。さらに門の奥では活動を始めた住人達が行き交っていたが、昨日ラヴラを襲ってきた男達の姿は見えない。


「もしかして、夜にしか動かないとか?」後ろを振り向いた。「あ、パル置いてきたんだった……」


 ふうっとため息をついて前に向き直ると再び望遠鏡を覗く。すると、遠い東の方から荷馬車がやってくるのが見えた。東からの道は今ラヴラが見ていた道に合流し、リタスの南門へと続いている。しめた、とラヴラは思った。あの荷馬車になんとか乗り込むことが出来ればリタスの街へ潜り込むことができる。でも、どうやって乗り込む? 金を払ってなんとか載せてもらうのも良いが、リタスの街が目の前にあるのに幌の中に入れてくれだなんて不信感万歳だ。普通の人間ならまず断るだろう。金を払って頼むことも出来るだろうが、それでも怪しいし、なによりこれからどんな長旅になるか分からない中で路銀を湯水のように使うことだけは避けたかった。


 さて、どうするか。口をへの時に曲げながら悩んでいた時、ぱあんと乾いた音が聞こえた。思わず肩に力が入る。周囲を十分警戒しながら双眼鏡で音の方を確認した。そしてラヴラはにやっと笑った。


「私、ツイてるかも」


 平野を駆ける肉食獣のようにラヴラは雑草の中を素早く動いた。さっきは銃声しか聞こえなかったが、そこに近づくにつれて怒声のようなものが聞こえ始めた。ラヴラは少しだけ急いだ。そんな度胸は無いだろうが、もし逆上するようなことがあったら計画が台無しになってしまう。大急ぎで、でも出来るだけ静かに動きながらラヴラは川の近くまでやってきた。

 

 川の北には荷馬車や人々が通るための木橋が掛けてあった。さっき双眼鏡で目視した荷馬車は橋の真ん中で停止したまま動かない。草の中から顔をひょっこり出して、ラヴラはあたりを見回した。荷馬車とそれを引く馬二頭、荷馬車の乗員の男が二人。片方は四十代でもう片方は二十代に見える。おそらく親子か、師弟のような真柄だろう。


 視線をちょっと左に動かすと、橋の東側、リタスの街にいく道の方に男が三人立っているのが見えた。一人は肩に包帯を巻き、もう一人は髭面で太ももに包帯を巻いている。


「やっぱり。あいつらだ」

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