第25話

 ところどころ岩が剥き出している大地を、三人は無我夢中で走った。遠くで銃声が聞こえて小さく飛び跳ねたパルに、アミスが「ただのピストルじゃまともに届かないから気にするな」と諭した。時々休みながらも走り続けて十分を超えたころ、パルが膝から崩れ落ちた。そこでやっと三人は足を止めた。パルだけでなく、ラヴラもアミスも息が切れていた。全身に汗をかいて、アミスに至っては顎に汗が伝って滴るほどだった。


「ーー風呂に入りたい。クソみたいな気分だな」


 アミスにしては珍しい、やや口汚い発言だった。彼はリュックを地面に置くと、着ていたコートを脱ぎ、シャツの袖を捲った。手足を放り投げるようにして地面に座っていたラヴラも、マントを脱いで丸めるとリュックに突っ込んだ。パルは疲れすぎているのか上着を脱ぐ気力すら無いままのびていた。


「はあ、疲れたあー! それにしても、あの男達全員やっちゃえば良かったのに。アミスもいたら余裕だったでしょ?」


 地面に座るラヴラを、アミスは睨みつけた。ラヴラは思わず肩をすくませた。


「五人相手に追い詰められていた癖に何をいってるんだ。俺が助けに入らなかったら今頃野犬の餌にでもされていたところだ」

「でも一人は殺したもん」

「一人くらいで何なんだ? 多く殺せば勝ちか? 百人殺したところで百一人目でこっちが殺されればそれで終わりだ。君の目的は何だったんだ。復讐じゃなかったのか。ただ人殺しができればそれで良かったのか」

「ーー違う!」

「ならもう少し考えろ!」

「でも、やっと掴んだ手がかりだった! あいつらを追い詰めればもっと手がかりが掴めたかも。やっとあのコインのことが少し分かったんだから!」


 そうラヴラが言ったとき、アミスは目をむいた。


「コインについて聞いて回ったのか?」

「そうだよ」バツが悪そうに言った。

「で、何が分かったんだ」

「あれは脅しなんだって言ってた。それからあの男達、コインと同じ狼の刺青があった。ーーあと、リタスの人たちはほとんどあのコインについて知っていたと思う」

「そこから君が導き出した答えは」

「多分あいつらは組織として動いてる。で、ばあちゃんは何か恨みを買った」

「恐らく正解だろうな。……コインを使った聞き込みはやめておけと言ったのに。まあ君が人の言うことを聞くタイプでは無いことはなんとなく分かっていたが」

「どう言う意味?」

「そういう意味だ。ーーそれはさておき、もう少しだけ移動したらそこで野宿でもするか。流石に体を休めたい。本当なら今頃気に入っている宿で羽を伸ばしていたんだがなあ」

「悪かったね。そもそも、助けてくれなんて言ってないし……」

「はあ、本当、なんで助けになんて来たんだか」


 まだ地面にのびているパルの腕を掴んで立ち上がらせると、パルの分の荷物も背負ってアミスは歩き出した。本当は着いていきたくなかったが、今頼りになるのがアミスしかいないことを理解していたラヴラは渋々彼の後を追った。


 それから数刻。ヴォルマグからリタスに向かった道とは打って変わり、大地はところどころ禿げていた。草木には元気が無く、吹く風は乾燥していて冷たい。走り回ったせいで火照っていた体はすっかり風に冷やされた。ぶるぶるっと身震いをすると、ラヴラは地面に置いていたリュックからマントを取り出して羽織った。いくらか元気を取り戻したパルは周囲から枝を集めてきて、三人の中心に置いた。手慣れた手つきでアミスがそこに火を灯した。焚き火はパチパチと音を立てて燃え上がり、さっきまで命の危険に晒されて張り詰めていた三人の緊張をいくらか解してくれた。


「じきに朝が来るが、少しでも体を休ませておくといい。朝が来たらすぐに次の街へ向かう」


 コートにくるまりながらアミスが言った。


「もうリタスには戻らないの? まだ色々調べたかった」

「雁首揃えて街に戻るか? 今頃向こうは俺たちの特徴を仲間に伝えて、数を増やして街の近くを探してるだろう。街に近づいただけで捕えられるか蜂の巣か……」

「ひい、やめておこうよ、ラヴラ!」


 二人の話を黙って聞いていたパルが、ひしとラヴラの袖を掴んだ。彼女はそれを鬱陶しそうに振り払うと、焚き火を挟んだ位置に胡座をかいているアミスを睨みつけた。


「感謝の笑顔か? どういたしまして」


 皮肉ってアミスが言った。


「どうして黙ってたの」

「なんのことだ」


 そう返しながら、アミスは背負っていた銃を膝の上に寝かせ、片手でリュックをあさってガンオイルの瓶を取り出した。


「コインのこと、リタスの人たちはみんな知ってる様子だった」

「ああ、さっき言っていたな」


 ガンオイルを銃身に垂らし、またリュックをあさる。今度は三つに分解されている棒を取り出した。銃身を掃除するためのものだ。それを組み立て一本の棒に戻していく。


「アミスはいろんな街に行ってるんでしょ? それなのにコインのことを知らない訳が無い。本当はコインのことも知ってたんでしょ。どうして本当のこと教えてくれなかったの」


 そう言った時、銃の手入れをしていたアミスの手が止まった。揺らぐ炎が遮り、アミスの表情は見えなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る