第24話

「いてぇ、撃たれた!」


 向かいに立っていた男が太ももを手で押さえながら叫んだとき、ラヴラは状況が読み込めないまま周囲に反響する銃声を聞いていた。どこからともなく、聞き覚えのある声が叫んだ。


「走れ! 間合いを広げろ!」


 我に返ったラヴラはパルの手を取ると一目散に駆け出した。来た道に戻って角を曲がり、また曲がる。足で蹴飛ばした瓶がゴロゴロと裏路地に転がり、夜をのんびり楽しんでいた猫が驚いて毛を逆立てた。二人は通りに出ると周囲を見回した。さっきの男達は見当たらない。巻いたのだろうか? ほんの少し気を緩めたラヴラの肩を、誰かがぽんと叩いた。心臓が止まってしまうかと思うほど驚いたラヴラは、咄嗟にパルの手を離して後ろに飛び退いた。だが、自分の肩を叩いた犯人の顔を見るなりがっくりと肩を落とした。


「そんなに残念そうな顔をするな。もう少し強力な助っ人の方が良かったか?」


 そこには銃を構えたアミスが立っていた。


「さっきの奴らだと思ったんだよ。ああ、びっくりした」

「逃げることに必死になりすぎて俺のことに気が付かなかったな。相手がチンケな野郎共で、おまけにピストルしか持ってなかったから良いが、もしライフルで狙われていたら丸出しの背中から撃たれていたぞ」

「うるさいなぁ、もう。再会したと思ったらそれなわけ?」

「はいはい。ーーひとまず一旦身を隠すぞ。二人とも荷物は持ってきているな。南北の門に逃げれば先回りされるだろうから、西の木柵を登って街を抜けよう。ほら、急いで」


「アミスさん!」


 駆け出そうとしたアミスを、パルが引き留めた。


「どうした。もしかして、怪我でもしたか?」

「いえ! 僕またアミスさんに会えて嬉しいです!」

「お? おぉ、そうか。気持ちは嬉しいからとりあえず逃げるぞ」

「はい!」


 肩透かしを喰らった気分でアミスは走り出し、二人もそれに続いた。

 

「敵は何人だった?」


 暗く静まり返るリタスの街を駆け抜けながら、アミスが聞いた。


「見えたのは五人。そのうちの一人はさっきアミスが撃ち抜いた」

「遠くから見た時は四人しかいないように見えたが?」

「一人、宿の中で撃った」


 十字路から顔をそっと覗かせて左右を確認しながら答える。


「……死んだか?」

「多分。ダメだった? でも、先に襲ってきたのは向こうだし」

「……」


 アミスは手に持ったライフルのボルトに少し触れながら考え事をしていたが、すぐに前へと向き直り、周囲を十分に確認してから路地を進んだ。同じようにして周囲を警戒しながらラヴラが続き、周りを一切見ないままパルも続いた。いくつかの十字路を超えると、視線の先に古びた木柵が見えてきた。逸る気持ちを押さえて慎重に進む。寝静まった民家に張り付きながら一ブロック進むと、木柵はもう目の前だった。まずはラヴラから木柵を超えさせようとした時、暗闇の奥からパン、と発砲音がした。


「やばい、バレた!?」


 木柵に跨りながらラヴラは焦って声を荒げた。


「落ち着け。向こうはピストルしか持っていないだろ?」


 アミスがそう言った時、彼の足元にビシッと銃弾がめり込んだ。


「……ピストルの有効射程から考えると命中率は低いんだ」

「今それ言って説得力あると思ってる?」

「いいから早く行け! ほら、君もさっさと上れ!」


 パルの背を押し木柵を登らせる。ラヴラの方は柵を登りきって、ひらりと飛び降りているところだった。その間にも発砲音が増えていく。何発かアミスの立っている場所から二メートルほどの距離に当たっているのが音で分かった。


「ちょっと、パル、何やってんの!」


 柵の向こうでラヴラが苛立った声を上げる。


「だって僕ラヴラみたいに身軽じゃ無いし……」


 パルは柵にぶら下がり、つま先で地面に触れようと足をばたつかせていた。


「いいから早く飛び降りて! あいつら来ちゃうよ!」

「でも……うわっ!!」


 もたついていたパルの上着を鷲塚むと、ラヴラは思い切り下に引っ張った。おかげでパルとラヴラはもみくちゃになりながら地面に転がった。二人が柵を乗り越えたのを確認すると、アミスは助走をつけて一気に木柵を駆け上がり、そのままの勢いで地面に飛び降りた。


「おい、あいつら街の外に逃げたぞ!」


 リタスの街中から男達の叫び声が聞こえる。


「行こう」


 それだけ言うと、アミスはすぐに立ち上がって駆け出した。

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