第23話
「ーーん?」
泥のように眠っていたラヴラは真夜中に目覚めた。部屋に置かれていたランプの灯火は消え、窓から青白い月光が差し込んでいる。体を起こして向かい側のベッドを見ると、パルが猫のように丸まって眠りこけていた。部屋の様子に不思議な点は無く、宿の外もしんと静まり返っている。だがラヴラの本能が何かの違和感を察知していた。祖母と猟に出かけた時に暗闇の中で熊の気配を感じたことがあるが、その時の違和感に似たものを感じた。ラヴラはベッドの枕側に立てかけていた猟銃にそっと手を掛けた。できるだけ音がしないように向かいのベッドに近づくと、パルの肩を揺らした。
二人が泊まっていた部屋の扉がゆっくりと開かれる。暗い廊下から現れたのは、顔にやや皺が入った中年男と若い男が四人。若い男が先に部屋に入ってくるなり言った。
「誰も居ませんよ? 本当にこの部屋なんですか?」
壁際に備え付けられた二床のベッドに人の姿は無かった。ベッドのシーツはよれている。若い男がそっとベッドに手を触れると、ほんのりと暖かかった。
「見ろ、リュックが置いてある。この部屋に誰かが泊まっていたのは間違いないだろう」
中年男が部屋の隅に置いてあったリュックを指差し言った。若い男はそのリュックの口を開けて中を漁ったが、図鑑や草の入った小瓶ばかりで金目のものは殆ど無かった。
「あっ」
漁っていた時、小瓶が一つ手の中から溢れた。小瓶はコロコロ転がってそのままベッドの下に入った。「放っておけ」と言う中年男の声を無視して、小瓶を取ろうと屈んだ。すると、ベッドの下の暗闇で、床に張り付くようにして隠れているパルと目が合った。
「ここにーー!」
ここに一人います。そう言おうとした男の声は銃弾にかき消された。扉の後ろに隠れていたラヴラが放った銃弾が、男の喉を撃ち抜いた。男が変な声を出して床に倒れた直後、ラヴラは力一杯扉を閉めると鍵を掛けた。サイドテーブルと椅子を大慌てで扉の前に置くと、ベッドの足元に置いていた自分のリュックを掴んだ。
「パル、窓!!」
「え、ええっ!?」
「早く!」
もたついているパルを置いて、ラヴラは窓を開けると外に出た。レンガ作りの屋根は傾斜していて、気を抜けば滑り落ちて地面に叩きつけられてしまう。だが、後ろからはピストルの乾いた音がする。さっきの男達が部屋に入ろうとしているのだろう。ようやっと追いついたパルを引き連れて、ラヴラは腹ばいになって屋根を登った。このままでは目立ちすぎる。とはいえ入り口側から降りればさっきの男達と鉢合わせするだろう。屋根の上を慎重に、だが素早く移動していくと宿の裏手口側からさっと飛び降りた。そんな芸当ができないパルは、配管伝いに降りようとして、途中で足を滑らせドシンと尻餅をついた。
「いったぁ〜……。僕の尻がぁ」
「馬鹿、尻なんていいから早く立って!」
苦悶の表情を浮かべるパルの片手を引っ張って立たせると、二人は暗い裏路地を駆け抜けた。いつの間にか街の住人の姿が消えていて、二人の足音が嫌に響いた。
「早く、早く!」
声を落としながらラヴラが言った。彼女の焦燥感とは裏腹に、パルの走る速度はどんどん落ちていく。
「もう走れないよ、ラヴラ〜」
「そんなこと言ってたら捕まっちゃうってば!!」
「ーーへぇ、誰に?」
裏路地の角から突然現れた大男にラヴラはぎょっとした。急に立ち止まったせいで、追いかけてきていたパルが彼女の背中にゴツンとぶつかった。
「お前、さっき部屋に来たおっさんか!」
肩に掛けていた猟銃に触れる。
「おおっと武器には触れるなよ。問答無用で撃たなきゃいけなくなる。見えるだろ、このピストルが。それに俺は言うほど老けてない」
そう言った時、男が引き連れている若い男がふっと小さく笑った。
「急に押しかけてきて、何なわけ?」
「そっちこそ何で逃げた? やましいことがあるから逃げたんだろ」
「夜中に大人の男が何人も押しかけてきたら、誰だって逃げるよ」
「まぁ、それもそうか」
「で、何で押しかけてきたの?」
「……お前達、この刺青に見覚えは?」
シャツの袖を捲り上げる。男の太い腕には、見覚えのある狼の刺青があった。
「ーーそれ!」
言葉が漏れてからラヴラはハッと口をつぐんだ。
「やっぱりお前達だったか。見覚えのない若い二人がコインについて聞き回っているって噂が耳に入ってな。お前達、何をした?」
「何をした? むしろされた側なんですけど」
「そんなはずは無い。お前達が持っているのは狼の絵柄が入ったコインだな?」
ラヴラは黙ったまま、男を睨みつけた。
「沈黙は肯定とみなすがーーそのコインはな、ちょっとだけ特別なモンなんだ。それは俺たちの”脅し”だよ。言うことを聞かなければ同じことになるぞっていうな。そのコインをどこで拾ったか知らないが、最近身近で人が死んだり大怪我をしたりしたんじゃないか?」
ヴォルマグの大樹から出て、いつものように祖母を迎えにいった。少し面倒で、少し楽しみな普通の一日だった。祖母が亡くなった時のことを鮮明に思い出し、ラヴラは銃を構えた。
「ばあちゃんがお前達みたいな馬鹿に何かする訳がない!!」
そう叫んだ時、向かいの男がピストルを構えているのに気がついた。距離にして約四〜五メートル。下手くそでも十分当てられる間合いだ。弾は装填してたっけ? そんな疑問を抱くよりも早く、彼女の耳に銃声が届いた。静まり返ったリタスの街の上空で、乾いた銃声が反響した。
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