第20話
人のまばらな街中で二人は立ち尽くしていた。さっきまで威勢を張っていたが、いざ大人のアミスがいなくなると急に心細くなった。どうする?と聞かんばかりに、パルは眉を八の字にしてこっちを見てくる。
「いくよ!」
強い語気でラヴラは言った。周囲には見知らぬ大人ばかりで、次にどこへ行けばいいかも分からない。彼女自身不安だったが、それをパルに気取られまいとした。それはつまらないプライドでもあり、パルへの優しさでもあった。
「ま、待ってよ〜」
慌てて追いかけてくるパルに少しだけ歩調を合わせ、ラヴラは街の北側に向かった。道は思っていたよりも入り組んでいて、周囲の道をよく観察していたにも関わらず街中で少し迷ってしまった。二人はなんとか街の北口付近へやってくると、周囲を見渡した。煉瓦造りの小綺麗な建物がいくつも並んでおり、玄関前にはモーテルと書かれた吊り看板が一つ、二つ、三つ……。想像以上に宿屋が多く、どこに行けばいいのか分からない。ひとまず一番近くの宿屋の扉を開いた。
入り口のすぐ右手にカウンターがあり、その中で四十〜五十代の女が頬杖をついていた。奥に広間があり、左脇には二階に上がるための階段がある。店員らしき女はラヴラ達の姿を見ると面倒そうに体を起こし、鬱々とした声で言った。
「いらっしゃい」
「二人なんだけど、部屋ある?」
「ああ、部屋なら空いてるよ。二部屋?」
「一部屋でいいや。勿体無いしね」
「はいよ。料金は先払いだよ。二人で五百コインね」
アミスから聞いていた相場通りの値段だ。街に来たばかりで勝手の分からないラヴラは大人しく宿代を払おうとズボンのポケットに手を突っ込んだ。コインの入った包みを取り出した時、一緒に入れていた狼の絵柄のコインが地面に落ちた。カン、と音を立てて床に落ちたそれを何気なくみた女は、俄かに顔を強張らせた。
「ーーあんた、そのコインどこで?」
地面に落ちたコインを急いで拾ってからラヴラは答えた。
「知り合いのところで拾ったの。このコインについて何か知ってる?」
「いや、知らないよ。悪いんだけどこの宿には泊められない。出ていってちょうだい」
「え? だって部屋空いてるって……」
「今日はもう店じまいだよ! ほら、出てって!」
カウンターの奥に立てかけてあった箒を両手で持つと、宿屋の女は二人の背中と肩をバシバシと叩いた。痛くは無かったが驚いて、言われるがまま店を出た。ガチャリ、と鍵のかかる音が聞こえた。何が起きたのか分からず、目を見合わせたまま二人は呆然と立ち尽くした。
「アミスさんが言ってたのは、こういうことだったのかな……」
パルは呟いた。
「そうかもね。それにしても、絶対このコインについて知ってる風だった。私、もう一回聞いてこようかな」
「やめときなよ、ドア閉められてるし」
「……わかった。とりあえず、次の宿屋に行こ。泊まるところを見つけなきゃ」
「そうだね、それがいいよ」
二人は来た道をちょっと戻ると脇道に入った。モーテルと書かれた吊り看板を探し、一番手前にあった宿屋に入る。今度は四十くらいの屈強そうな男がカウンターの奥に立っていた。眉間に深い皺が刻まれた男で、髪の毛は全て刈り上げてある。白いシャツの袖口には黒い汚れがついていた。
「部屋、あいてる?」
ラヴラがそう聞くと、男は片眉を釣り上げ怪訝な顔をした。
「空いてるが……宿代はあるのか?」
「あるに決まってるでしょ」とラヴラ。
「ちょっと、ラヴラ……」
パルの心配に反して、宿屋の男はにこやかな顔になった。
「ならいい。後払いで三百五十コインだ」
「へぇ、安いね」
「立地も日当たりも悪いからな。その分割安にしとかないと客もなかなか入らん」
「わかった。じゃあ、一部屋お願い」
「あいよ。ちょっと待ちな」
男はカウンターの下を覗き込むと、引き出しの中から鍵を一つ取り出した。革のキーカバーがつけられた金属製の鍵で、カバーには二〇三と書いてある。それを節くれだった大きな手でラヴラに渡した。
「ありがとう」
「何日泊まるんだ?」
「今のところは一泊の予定だけど、伸ばすこともできる?」
「ああ、もちろん。延長するなら早めに言ってくれ。それから食事はどうする? 一応つけられるが、別料金になる」
「うーん……。ちょっと調べたいこともあるし、食事は外でとろうかな」
「分かった。もし気が変わったらそれも言ってくれ」
「うん、ありがとう。ところで二〇三号室ってあっち?」
廊下の脇から上に伸びる階段を指差して聞いた。
「ああ、そうだ。階段を登って三つ目のドアだ」
こくりと頷くと、ラヴラとパルは階段を上がっていった。
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