第19話

 武器屋を出た三人は、人の流れに乗って通りを進むと立て看板のある道を脇に逸れた。日の光が遮られて少し薄暗いその路地には、すでに食べ物の良い匂いが漂い始めていた。その道はリタスの住人達にもよく知られた場所で、建物の間に無理やり詰め込まれたのかと思うような小さな食事処から、二つの団体客なら問題なく入りそうな大きな食事処まで、大小様々な店が並ぶ。どこからともなく流れてきた白い煙は、スパイスと焼けた肉の香りがした。遠くの方でジュウジュウと何かを焼く音がしたが、酒で酔っ払った男達の笑い声ですぐにかき消された。


「真昼間っからいいご身分だ」


 そう呟きながらアミスは進んでいく。ちょっと歩いた先に大きな店が二件ほどあり、その間に挟まれて気まずそうに建っている小さな店があった。古びた木で出来たその店は、大人の男が数人で体当たりしたら崩れてしまいそうな気がした。だがアミスはその店の扉を開けて、さっと中に入ってしまった。担がれているんだろうか? ラヴラとパルは目を見合わせてから、開いたままの扉から中を覗いた。アミスは三十代くらいの女と話していて、指で三を示した。女に何か言われて、アミスは振り返った。


「何してるんだ、早く入っておいで」


 お前が先に行け、と目だけで言い合っていた二人だったが、先に痺れを切らしたのはやっぱりラヴラだった。思い切って店に乗り込むと、左手にはカウンター、右手にはテーブルが数台並んでいた。外から見た通りのこじんまりとした店だった。


「三人だね。窓際の席でもいいかい?」


 気立ての良さそうな赤毛の女性は、そう言って窓際の席を指差した。


「大丈夫だ。さあ、座ろうか」


 三人は席に座った。テーブルの上に置いてあった紙には黒インクでメニューが書いてあった。アミスに勧められるままに肉の香草焼きとバゲット、スープなどを注文した。カウンターの向こうで、気難しそうな男が大きなフライパンを振っているのが見えた。

 彼らの後ろのテーブルでは、手や服が汚れた職人風の若い男が四人食事をとっていた。カウンターでは二人の若い女が話に花を咲かせている。部屋の隅に無理やり詰め込まれたような一人席には、老婆が一人座って食事をとっていた。


「これからの予定は決まってるのか?」


 アミスが聞いた。


「特に決めてないんだよね。でも、あの狼のコインについて知っている人がいないか探そうとおもう」


 店員の女が持ってきたグラスを三つ受け取りながら、アミスは少し考え込んだ。


「それは、あまり得策じゃ無いかもしれないな」

「どうして?」

「そんな気がする、というだけだ。ただ旅慣れた大人の言うことは聞いておいて損は無い。できればそのコインは使わないことだ。貨幣を偽造していると勘違いされると投獄されるリスクもあるしな」

「投獄ですか!?」


 パルが目を丸くして言った。


「ま、最悪な。その妙なコインは君たちが造ったものじゃない、と分かっているのは君たちと俺だけだ。疑われるようなことはしないことだね」

「……」


 納得いかない、という顔をしていたラヴラだったが、程よく焦げ目のついた肉がテーブルに並べられるとそんな猜疑心も吹き飛んだ。考え事をしていた様子のパルも、目を輝かせるとものすごい勢いでスプーンとフォークを手に取った。「いただきます」と言うが早いか、二人は目の前の食事を口の中に詰め込んでいって、まるで頬袋を膨らませたリスか何かのようだった。ゆっくりと自分のペースで食事をしながら二人の様子を眺めていたアミスは、何かを懐かしむように笑った。


 楽しい食事時はあっという間に過ぎ去り、アミスが三人分のお代を払って店を出た。外の通りは、さっきよりも人通りが少なくなっていた。アミスは通りの向こうを眺めている。街の中心部へ戻るのだろう。


「宿屋は街の北側に集まっている。一泊三百から五百コインが相場だろう。ぼったくられるなよーーまあ、その心配は無さそうか」


 アミスは笑った。


「分かった。……あのさ」

「なんだ?」

「いや、なんでもないや。色々ありがとう、アミス。約束の金貨渡しておくね」


 ポケットから取り出した包みを開き、中から金貨を一枚取り出してアミスに渡した。


「これで契約は終了だな。それじゃあ、達者で」

「アミスさん、またどこかで!」


 去っていくアミスに、パルが叫んだ。 


「草ばっかり見て転ぶなよ」


 目を細めて笑っているのがわかる程度に振り向いてそう言うと、アミスは手をひらりと振って人混みに消えていく。彼の背が見えなくなるまで見送っていたが、坂を登って角を曲がるとついに姿が見えなくなった。この街のことを何も知らない二人はぽつんと立ち尽くした。

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