第18話

 心は踊り足並みは速くなる。石畳の敷き詰められた街道をブーツの底が叩く度、こつこつと小気味いい音がした。早く店の場所を教えてくれとせっつくようなラヴラのブーツの音に、苦笑しながらアミスは進んだ。街に入ってから約半刻。寄り道をしながらも到着した店の扉前には吊り下げ看板が掛けられ、剣の絵が描かれている。もし剣しか置いてなかったらどうしよう、というラヴラの心配はアミスが扉を開いたことですぐに解消された。


「いらっしゃい。久しぶりの顔だね」


 店の一番奥、カウンターの向こうに腰の曲がった老爺が座っている。真っ白な髪は頭の左右にだけ残っており、皺が深く刻まれた顔は険しい目つきでこちらを見ている。店の向かって右手には火薬と薬莢、銃弾の入った紙箱などが並べられ、左手にはナイフ類が並んでいる。老爺の背後の壁には猟銃とピストルがいくつか飾られていた。


「南側から森を抜けてきたんだ。流石に時間がかかったよ」とアミス。

「そうかい。そりゃあご苦労さんで」

「目ぼしいものは入ったかい?」

「特に何もないが、薬莢は出来がいい。銃弾も良さそうだ、安くしとくから買ってきな」

「そりゃあ助かる。街の手前でちょっと使ってね」

「狩りか?」

「いや、盗賊に出くわした」

「ああ、はぐれモンだろうな、そりゃ。この街じゃあ商売ができないから、そこら辺をフラフラしてんだろう。森に入るのも恐ろしいって言うんで街の近くにいるんだろうが、中には殆ど来ないだろうなぁ」

「へぇ、そうだったのか。何度もここいらは行き来したが、遭遇したのは初めてだったよ」

「そりゃあ銃背負って人殺しそうな目つきで歩いているあんたを襲おうとは思わないだろうからね。後ろの若いのが見えたんで、おおかたそっちを狙ったんだろう。で、その二人はあんたの子供か?」


 食い入るようにナイフを見つめているラヴラと、窓から外の景色を見ているパルを目で追いながら老爺が聞いた。


「どう見たって違うだろうになぁ……」

「ははは、冗談だ。あんたが人を連れてるのが珍しくてね」

「勘弁してくれよ。ーーそういえば、爆竹は入ってるか?」

「爆竹? また珍しいものを欲しがるね。こけおどしにしかならないから、あまり需要が無いんだよ。奥に在庫があったかもしれないから、少し待ってておくれ。取ってくる」


 そう言って老爺は店の奥へ引っ込んだ。アミスは店の扉の近くに立って店内を眺めていたが、嬉しそうにナイフを見つめるラヴラに気がつくとそっちへ近寄った。


「見た目は小さいがこれなんかもお勧めだ。ブーツに仕込んでおけば、いざという時に役に立つ。ついでにその砥石も持っておくといいかもしれないな。砥石といっても色々種類があるが、そこの黒い砥石はよく研げる」

「へぇ。ばあちゃんに貰った砥石に似てるかも」

「そうなのか? だとしたら良いものを使ってたんだな」

「もしかしたら、この街にも来てたのかも。ばあちゃん、ヴォルマグの木にはあんまり来なかったけど、代わりに自分の好きな場所に好きなように行ってたから」

「もしそうならこの店にも来ていたかもな」

「だったら良いな」

「爺さん」店の奥から戻ってきた老爺にアミスは声をかけた。「これも一緒に買うから、少し安くならないか?」

「シークレットナイフかい」

「この砥石もだ」

「ふん……贈り物にしちゃ色気が無い気もするが、まあいいだろう。少しだけ安くしてやる。その代わり次に来た時も買い物にこい」

「わかったよ。しっかりした爺さんだ、相変わらず」

「ふん」


 アミスは自分の分の薬莢と火薬、煙幕弾の為の鉱物などをさっとかき集めてからナイフと砥石を手に取った。それを老爺のところに持っていくと、コートの内ポケットから取り出した包からコインをいくらか取り出し老爺に手渡した。背後からそれを見ていた二人には合計でいくら使ったのかまでは見えなかったが、安くは無い買い物だということは想像できた。カウンターから戻ってきたアミスに代金を渡そうとしたが、彼は手のひらでそれを静止した。


「選別だ。君たちの旅が上手くいくようにね。さあ、さっさと受け取ってくれ。あとは飯屋にいったらお別れだ」

「あ、ありがと」


 両手でそれを受け取ると、ラヴラは早速ブーツの内側にナイフを隠した。砥石はリュックのサイドポケットに入れた。


「アミスさん、僕は!? 僕も何か欲しいです!」

「分かった分かった、何か旨いもの食わせてやるからもう行くぞ」

「やった! 僕お肉がいいです!」

「はいはい」


 三人は武器屋を後にした。彼らが店の近くから去ったことを確認すると、老爺はカウンターを乾いた布で拭き始めた。老舗の武器屋に静寂が戻った。

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