第17話

 二人がラヴラのところに到着するころには、彼女は門番の男に掴みかからんという勢いで怒っていた。アミスはラヴラの視界を遮るように前へ出ると、「何があったのか」と聞いた。吠えるように答えたのはラヴラだった。


「こいつらがバカみたいなこと言うんだよ! この街に入るには五千コインもいるって。たかだか街に入るだけで、そんな金払えるか!」

「なんだと、この小娘。女だと思って優しくしてりゃつけ上がりやがって」


 アミスの後ろにいるラヴラを覗き込んで、門番の男が言った。四十から五十歳くらいの老いた男だが、門番をしているだけあり体つきはしっかりとしている。口の周りにはふさふさの髭が生えていて、熊を彷彿とさせた。


「あんだとジジィ! その髭面に鉛玉打ち込んでやる!」

「こらこら」門番に掴み掛かろうと飛び出してきたラヴラを、アミスは腕で止めた。「そう怒るなって。ーーでもまぁ、五千コインはいくらなんでも吹っかけすぎじゃないか。俺がいつもここの街に寄る時は、そんな大金は取られないけどな」


 そう言った時、門番は初めてアミスの顔をまじまじと見た。眉間に寄っていた皺が解かれ、怒りに満ちていた顔がぱっと明るくなった。


「なんだ、アミスじゃねぇか。ーーもしかして、お前の子供か!?」

「バカ、違う違う。子供なんて持った覚えはない。ただの連れだよ」

「そうか。驚いたぜ、まったく。あんたの連れなら最初からそうと言ってくれりゃあ良いものを。通行料は三人で千五百コインでいい」


 言われた通りに通行料を払おうとアミスがコートの内ポケットに手を伸ばした時、その腕をラヴラが掴んだ。


「あれだけ吹っかけといて、千五百コイン〜!? さっきのは何だったんだよ!」

「い、いや。まさか知り合いの連れだとは思わなかったもんでな」

「いくらなんでもおかしいだろ。そんなに上乗せして、得した分はどうするつもりだったの?」

「そりゃあ、なぁ?」


 いくらか年若いもう一人の門番と顔を見合わせ、髭面の男は苦笑した。


「まあまあ、旅をしていればそういうこともある……」と宥めようとするアミスのことを、ギッと睨んでいった。

「酒に消えるのか、肉に消えるのか知らないけどさぁ。そういうの、言いふらされたら困るんじゃないの? 私結構口軽いんだよなぁ〜」

「ぐ……」


 悟ったアミスはにやりと笑った。


「そういえば前回この街に来た時、君たちの上司と仲良くなってね。久しぶりにまた酒でもと思っているんだがどこに居るかな?」

「いや……それは……」

「千コインに負けてくれたら、今のこと忘れちゃうかもなぁ〜?」


 そう言ったときのラヴラの勝ち誇った笑顔は、門番達の脳裏にしばらく焼きつくことになった。

 きっかり千コインを支払ってから、三人はリタスの街に入った。リタスの街は南北に出入り口があり、その出入り口付近には先ほどのような門番が立っている。三世代前までは他の都市と同じく閉鎖的で小さな街だったが、今の領主に変わってからというもの物と人の出入りは比較的自由になった。それに伴いリタスの街の住人は増加していき、土木技術に優れた者が増えると街全体が整備されていった。その結果、煉瓦作りの家が道に沿って立ち並び、若い男女が街を行き交っているという今の街並みが出来上がった。


 大通り沿いの建物には民家もあれば店もあり、扉の前につけられた吊り下げ看板には靴や服、パンなど様々な絵が描かれていた。行き交う人々を避けながら、ラヴラは窓から店内を覗き込む。村では見たことのないドレスやアクセサリーが、店の中に所狭しと並べられている。次の店を覗き込むと、今度は狐色に焼かれたパンが並んでいた。あんなに沢山あって、この街の人たちは全部食べ切れるんだろうかと思った。


「おい、はぐれるぞ」


 雑踏の向こうで、アミスが手をあげてラヴラを呼んでいる。もう少しだけ店を眺めたい気持ちを堪えて、アミスとパルの方へと駆けていった。


「本来はリタスの街に着いた時点で契約は終了だが、爆竹の売っている店を案内すると言ったからな。そこまで一緒に行こう」


 ラヴラが追いついたことを確認してから、アミスが言った。


「爆竹の他にも売ってる?」

「ああ。空砲から火薬まで色々売ってるぞ。もちろん、品薄じゃなければ、だが」

「やったぁ! ヴォルマグに無いもの、いっぱいあるかなぁ」

「見ての通りだろうな。他の街からも品物が流れてくるんだ。色々あるぞ。上手い飯屋もあるから、ついでに案内してやろう」


 飯屋、という言葉にラヴラとパルは目を輝かせてこっちを見た。アミスはくすりと笑って、前に向き直ると歩き出した。まずは武器屋だ。


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