第16話

「二人とも、怪我は」


 思わずぶっきらぼうな聞き方になった。争いごとに不慣れな若者二人を守りながらの戦いで、アミスは疲れ切っていた。


「大丈夫」


 とラヴラが答えた。それに続いてパルも頷いた。本当に二人とも怪我がないのか、つま先から頭の先までじっと観察したが、怪我らしい怪我は見当たらなかった。アミスはふうっと息を吐いた。


「普段はこっちへ寄らずに真っ直ぐリタスへ向かうから知らなかった。まさか盗賊に目をつけられるとは」

「仕返しにくるかな?」とラヴラ。

「いや、部が悪いと知っている以上は来ないだろう。仲間も多くは見えなかったしな」

「どうして? 仲間を連れて戻ってくるかもよ」

「組んで動いている割に足並みが揃ってなかった。ふんぞり返っているだけのリーダーはいたが、指揮が上手い訳でもない。もし仲間がいたとしてもここからは遠い場所だろう。仮に近くにいて直接指示を出していたとして、あの体たらくじゃあ組織として高が知れる。まあ、川の周辺で目を光らせていたのは賢いかもしれないが」

「どうしてですか?」今度はパルが聞いた。

「俺たちみたいなのが来るからだよ」

「なるほど〜!」


 あまりにあっけらかんとして答えるので、アミスは呆れることすら諦めた。

 川辺には先ほどまでの争いで驚いた魚が数匹跳ね回っていた。おかげで再び川に入って魚を追いかけ回さずに済んだ。アミスは手早く火を起こして、靴と靴下を乾かした。反対側で枝に差した魚を焼き、油ののった魚を頬張った。


「さっきの人達、大丈夫でしたかね?」


 大きめの石に腰掛けながら、パルが聞いた。口の横に魚の身がついている。


「まあ急所は外していたからな。ちょっとやそっとじゃ死にそうにない顔もしていたし、大丈夫じゃないか?」

「そうですか? 良かったぁ〜」

「自分が殺されてたかもしれないのに、相変わらず呑気だねぇ」


 魚を頬張りながらラヴラが言った。


「だって人を殺しちゃったら寝覚めが悪いじゃない」

「私がなんで村を出てきたか分かってる……?」

「分かってるけど……。やっぱり人を殺すのは良くないよ……」


 はぁーっと大きなため息をつくと、ラヴラはアミスの方を向いた。


「ねえ、さっきのーー何だっけ、すごい音がなるやつ」

「爆竹のことか?」

「そう! それ、どこで手に入れたの?」

「爆竹の筒は時々売っている場所があるな。それに火薬を詰めて使うんだ。リタスでもたまに見かけるから、向こうに着いたら案内しよう。まぁ相手が小物の時しか使えないな、こういうのは」

「ふうん。じゃ、あいつには効かないか……」

「何があるか分からないから持っておいて損はない。逃げる時にも使えるしな」

「逃げる時の準備? なんか、ダサいなあ」

「猟じゃ逃げることはあまり無かったか? 対人戦になると猟とは全く違う。特に仲間と動くなら、さっきのように考えなしに撃つのはやめてくれよ。いくらなんでもうっかりで殺されたくない」

「だから、さっきだってちゃんと見てたってば」

「そうか? なら良いが……。さ、そろそろここを発とう。さっきの盗賊も戻ってはこないだろうが、夜が十二分に危険だということは想像できるだろ。自分の身は自分で守らないとな」


 火の後始末をすると、三人は川を後にした。

 それから、途中でこまめに休憩を取りながら北西に向かって草原を歩いた。盗賊や肉食獣に出くわすこともなく、まだ太陽が空に輝いているうちに彼らはリタスに着くことができた。ずっとヴォルマグの上で生活してきたラヴラ達に取って、地面に建てられた無数の家屋はとても新鮮な光景だった。人の手が入っていなかった草原にはいつのまにか整備された道が現れ、土が剥き出しになった道は彼らをリタスへ誘っているようだ。道の上を歩いていくと、遠くに木の柵が見えた。リタスの街をぐるりと覆う柵は道に繋がる部分だけ途切れている。街への出入り口となっているその場所には、門番らしき男が二人立っていた。


「すごい、家がいっぱいある!」


 ラヴラは目を輝かせて走り出す。年相応のその姿に、アミスは思わず小さく笑った。彼のやや後ろを歩いていたパルは、先を走っていく元気なラヴラの姿を見ながらそっとアミスの横に並んだ。


「アミスさん」


 振り向くと、見上げてくるパルと目が合った。横に立つと身長差がより際立ち、パルは少し居心地が悪そうだ。


「どうした? もう街まですぐだから、頑張ってくれよ」

「は、はい。でも別に休憩したいって訳じゃないんです」


 道の向こうを見てから、再びアミスへ視線を戻した。


「ラヴラはああ言ってますが、本当に復讐なんてできると思いますか?」

「ーーどうしてそんなことを?」

「金髪の男のこと、話には聞いています。僕たちはずっと安全なヴォルマグの上で暮らしてきました。いくら猟の経験があるからって、金髪の男は明らかに異質だ。きっと僕たちが考えも及ばないような悪意があるんでしょう」

「意外だな。この世の人間を全員信頼しているのかと思ったよ」

「アミスさんから見たら、大した差は無いかもしれませんね。僕たちでは考えも及ばないようなそんな男を、名前も知らない男を探し出して殺すなんて、経験の浅い僕らにできると思いますか?」


 パルはじっと見つめてくる。話し始めた頃は適当にあしらえば良いと思っていたが、彼の言葉と眼差しからそんな誤魔化しは効かない気がした。


「恐らくは難しいだろうな」

「やっぱり、そうですよね。でも止めてはくれないんですね。僕が言ったところでラヴラは聞いてくれないし……」

「俺が言ったところで同じだろう。それに、心が空虚な時は目的があったほうが助かることもある。まだあの子は祖母が亡くなったことを完全に実感していないんじゃないか。もしかしたら目を逸らすために復讐だ何だと言っているのかもしれない。いつか喪失を実感した時、なにも出来なくなってしまうようなことがあれば君がちゃんと連れ帰ってあげればいい」

「……なるほど。うっかり復讐を果たしてしまうなんてことは、無いですよね?」

「さあ、それは分からん。可能性は低いだろう」

「なら、良かったです」


 道の向こう、リタスの入り口から怒鳴り声が聞こえてきた。ラヴラの声だ。二人は顔を見合わせると、足早にラヴラを追いかけた。


 

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