第15話

 突如、平穏な草原に響き渡った銃声。アミスは咄嗟に腰を落としながら振り向いた。川を隔てた反対側に、見知らぬ男達が立っていた。空に向かってピストルを発砲した男は一際体躯が大きく老けている。残りの三人はアミスと同じくらいか、やや歳上だろう。土のついた服を着ていて髪は油で汚れ、目はどんより澱んでいた。おそらくリーダー格と思われる男がニヤリと笑いながら、川の中で呆然と立ち尽くしているパルに向かって「こっちにこい」と命令した。何がなんだか分からないまま、パルは言われた通りに男達の方へと歩いていく。


(馬鹿……)


 アミスは心の中で悪態をついた。あの男達はどう見ても盗賊の類だ。人質を取られては分が悪い。しゃがめ、と言ってパルをしゃがませることも考えたが彼が即座に反応できる保証はない。もし動きが遅れて撃たれたら? 川の向こう岸に立っている男達は、急所を外すような優しい人間にはとても見えない。


「武器を置け!」


 盗賊の男が叫ぶ。肩にかけていた銃に触れた時、アミスは考えた。このまま撃てばリーダー格の男は殺せるだろう。ただし、パルの命と引き換えに。残された男達は指揮を失い動きに隙が生まれる筈だ。どうせ仕事を依頼された仲でしかない。友人でもなく血を分けた家族という訳でもないのだから、元々守る義理もない。引き金にかけた指がピクリと動いたとき、後ろの草むらから声がした。


「パル!! 足元に見たことない草が生えてるよ!!」

「えっ? どこどこ?」


 ラヴラの声に反応したパルは、濡れることも厭わずに勢いよくその場にしゃがみ込んだ。その瞬間草むらから乾いた音が響き、ラヴラが放った銃弾がリーダー格の男の肩を撃ち抜いた。男はうめき声を上げてよろめき、手に持っていたピストルを落とした。アミスはその隙を見落とさず、リーダー格の男に付き従っていた髭面の男へ発砲した。銃弾は髭面の男の太ももを貫通した。髭面の男は顔をしかめて傷口を抑えたが、ホルスターからピストルを抜き出すと即座に数発打った。がむしゃらに放たれた銃弾は川の水面に当たって飛沫をあげる。それに驚いたパルが仰け反るのとほぼ同時にラヴラが銃を放った。「やめろ!」とアミスが静止したが、一足遅かった。発砲された銃弾はパルの額すれすれを通り、そのまま虚空へ消えた。パルが銃弾の熱を感じられるほどだった。


「馬鹿! 仲間がいる時は撃ち方に気をつけろ!」


 アミスが叫んだ。背後の草むらがガサガサッと動き、ラヴラが顔を出した。


「気をつけてるよ!! 今だって当たらなかったでしょ!」


 そう言った彼女の頭の横、三十センチほど離れた場所に生えていた花が吹き飛んだ。慌てて頭を下げたが、アミスが呆れているのが手に取るように分かった。アミスは敵の方を向いたままじりじりと数歩下がり、彼女の方を見ずに言った。


「河岸に俺のコートがあるのが見えるか?」

「う、うん」

「合図をしたら、すぐにコートの場所まで走ってくれ。中に爆竹が入ってる」

「爆竹って?」

「……よし、作戦を変えよう。俺が合図をしたら川にはいってお友達をこっちに連れてこい。何があっても止まったりせず、恐れず、真っ直ぐに戻ってくること」

「そんなこと? 簡単だよ」

「そう願うよ」


 駆け出したアミスは走りながら腰のポシェットから弾を一つ取り出すと、銃に装填した。すばやく川辺に腹ばいになり、乱雑に銃を発砲してくる男達の足元目掛けて弾を打ち込んだ。


「ノーコンかよ!」


 背後から飛んできた野次を無視して、自分のコートをさっと引き寄せる。内ポケットに入れていた爆竹とマッチを取り出すと「今だ!」と叫んだ。その頃には、先ほど弾を打ち込んだ場所から白い煙がもくもくと立ち上り始めていた。煙はあっという間に視界を奪いラヴラ達の姿を隠した。何が起きているのか理解したラヴラは銃をさっと背負うと草むらを飛び出した。それとほぼ同時に、アミスが爆竹に火をつける。数歩川に入り込むと、向こう岸目掛けて思い切り爆竹を投げた。火のついた爆竹は弓形に飛んでいき、バチバチッとものすごい音を立てながら向こうの川辺に落ちた。


「ひいっ」


 両手で耳を塞いだパルが、ラヴラに引っ張られながら川を上がってきた。川の向こうからは男達の悲鳴が聞こえてくる。アミスは空砲を装填してから銃を構えると、男達の上空を目掛けて撃った。視界の悪い中での爆竹と銃声に耐えられなくなったのか、男達が悲鳴を上げながら逃げていくのが分かった。ラヴラとパルを引き連れて、アミスは一度草むらに身を隠した。煙幕が風に流されて向こう岸が見えるようになると、草原のずっと遠くに男達の影が見えた。まるで逃げ惑う米粒のようだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る