第14話

「お腹が……空きました……」


 朝日が輝く青空。雲の影が流れていく草原に、パルはがっくりとしゃがみ込んだ。先を歩いていた二人は、放っておきたい気持ちを抑えて振り向いた。


「ついてくるにしてももう少し準備してきなよ……」


 戻ってきたラヴラはパルの手を引っ張って立たせた。


「だって急だったから……」

「図鑑なんて入れてる暇があるなら食べ物くらい詰めてきなって、もう」

「ごめん」


 ふうっと息をついたアミスは、周囲を見回した。腰のベルトに鎖で引っ掛けてあったコンパスを取り出して方角を確認する。


「少し歩けば川がある筈だ。川の近くには動物も多いし魚も取れる。まずはそこまで頑張ってくれ。少し寄り道にはなるが、動けなくなっても困るからな」

「やったあ! もうお腹が減りすぎて体がしぼんで消えちゃうかと思いました」

「そ、そうか……。消えなくて良かったな」

「はい!」


 調子が狂うなと思いつつ、アミスは前に向き直る。さっきまで進んでいた道を少しだけ東に逸れて、川に向かって歩き出した。空腹のパルは歩みが遅くなっているので、置いて行かないように少しだけペースを落とす。パルの歩みが遅いことにイラついたラヴラが、途中から彼の背中を押しながらあるいた。そうしてやっと川に着いた。幅が十メートルはある太い川。太陽の光を反射して輝くその川が見えた途端、パルは急に元気を取り戻して走りだした。


「川だぁー! 大きい! 川ひとつとっても森とは違いますねぇ! ああ、喉が乾いた〜」


 リュックを投げ捨てるように川砂利へ置くと、パルは膝をつき顔を川に突っ込んだ。ひんやりした水のおかげで頭もしゃきっとした気がする。後ろをゆっくり着いてきたアヴラとアミスは、そんな彼を放っておいてそれぞれの荷物を置いた。少し川上の方へ移動すると、水筒の中を軽く水で洗ってから川の水を中に入れる。


「湿気てない枝を探してきてくれるか?」

「わかった。これ、お願い」


 枝を探してくる代わりに、ラヴラは水筒をアミスに手渡した。しゃがんで手のひらに川の水をすくって、一口だけ飲むと再び立ち上がる。無邪気に川の中を見ているパルを横目に、ラヴラは川から少し離れて枝を探しに行った。


「魚影が見えるな。捕まえられそうか?」


 川の中を観察していたパルに、水の上から声を掛けた。ざばりと川から顔を上げたパルは、元気よく「任せてください!」と答えた。彼は着の身着のままで川に入ろうとしたので、アミスが慌てて止めた。


「靴と上着は脱いでいけよ、あと裾は捲って。濡れたらまずい荷物は持ってないか?」

「あ、そういえばメモがポケットに……」

「そういうのも全部出しておけ。使えなくなるぞ」

「は、はい」


 アミスに借りっぱなしだったコートと自分の靴を脱いで、河岸に置く。ポケットに詰まっていたメモや薬草なども全部取り出して、同じく河岸にまとめて置いた。それから裾を捲って川に入る。


「冷たい〜っ!!」


 そう言いながらもなんだか嬉しそうなパルは、水の冷たさに慣れるとさっそく魚影を追いかけ始めた。何度も両手を水に突っ込んでいる様子を見つつ、アミスは首を伸ばして周囲を見渡した。少し離れたところでラヴラが木の枝を集めているのが見える。ヴォルマグに着いたばかりの頃は、まだ大人とは言えない若い二人を連れていくとは思ってもいなかった。一人なら自分の身さえ守れれば良い。だが三人となると目が足りない。早く次の街リタスに着いて、この仕事から解放されたいものだ。そんなことを考えていたとき、ふと何か嫌な予感がした。長年の勘か、虫の知らせか。もう一度周囲を見渡すが、異変は無い。


「……」


 背負っていた銃を、念の為肩に掛け直した。思い過ごしなら良いのだが。振り返ってラヴラの姿を確認した時、背後から銃声がした。

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