第13話
ウサギ肉を食べた後で、草花をかき分けながら三人は進んだ。いくら大人とあまり代わりが無い体格とはいえ、旅慣れていない二人を連れての道程は予想以上に時間を要した。リタスへの道半ばで日が落ち、あっという間に辺りは夜の闇に包まれた。手近な大木の下に三人揃って腰を下ろし、今夜はここで野宿をすることにした。昼間よりも空気が冷えている。明かりといえば青白い月明かりとアミスがつけてくれた焚き火だけ。遠くの森から狼の遠吠えが聞こえると、パルはぶるっと身震いをして心細そうにラヴラの方へにじりよった。
「鬱陶しい」
そう言って押しのけられると、パルはしゅんと俯いた。
「何も持ってこなかったのか? ほら、俺の上着を貸してやる。防寒性が高いから少しはマシだろう」
着ていたコートを脱ぐと、パルに手渡してやる。パルは顔を綻ばせてそれを受け取った。
「ありがとうございます。優しいんですね。外の人たちってみんなそうなんですか?」
早速コートにくるまりながら、パルが聞く。
「風邪を引かれたら面倒だから貸しただけだ。外には色んな人間がいる。良いやつもずる賢いやつも根っからの悪人も。初対面の人間は信頼しないことだ」
「そうですか……僕なんだか怖くなってきました……」
「じゃあ帰れば?」
ラヴラが口を挟む。
「もう、なんでそういう嫌な言い方するかなぁ。ヴォルマグの健康診断をするときも、森の植物を調べるときもずっと一緒だったじゃないか。今回だってラヴラだけじゃ行かせないよ」
「いつの話をしてるやら……」
「二人は幼馴染なのか?」
鞄から硬いパンを取り出しながら、アミスが聞いた。
「幼馴染といえばそうですが、そもそもヴォルマグの住人はみんな幼馴染みたいなものですよ。生まれてから死ぬまでずっと一緒。みんながみんなのことを知っている。まあラヴラの家だけは少し違ったみたいですけど」
「というと?」
「私は覚えてないけど」代わりにラヴラが答えた。「母さんから聞いたことがある。私たちはヴォルマグで生まれたわけじゃなく、外の街からやってきたんだって。旅をしていたから特定の街には住んでいなかったって言ってた。ヴォルマグに来て、あの村を気に入って、そのまま住むことにしたんだってずっと昔に言ってたよ」
「へえ。それはまた随分と……」
ぐう、とパルの腹がなる。
「ところで、君のそのリュックには何が詰めてあるんだ?」
パルが背もたれの代わりに使っている革製のリュックを指差して、アミスは聞いた。
「あ、これですか? これは植物について記載しておく為のノートが数冊と、筆記具、それから種などを保管しておく瓶ですね。あとはルーペなんかもあります。植物によっては触れるとかぶれてしまったりもするので、炎症が起きたときのために薬草なんかも持ってきてますね! それから図鑑とーー」
「ああ、分かった分かった。もう十分だ。なるほど、旅慣れていないというのはこういうことか……」
「え? 僕なにか変なこと言いました?」
「いやなんでもない。とりあえず俺のパンを分けてやるから。硬いけど我慢してくれよ。何も無いよりはマシだろうから」
「何から何までありがとうございます!」
乾燥した茶色いパンを受け取り、目を爛々とさせながらパンに齧り付いた。だが、パルの表情はすぐに曇った。硬いし味気ないし乾燥してモソモソしている。口の中の水分が全て持って行かれた。
「つかぬことをお伺いしますがーー」
「どうした?」
「お水とかって、あります?」
二人の会話を聞いていたラヴラが、盛大なため息をついた。
侘しい夕食をとってから数刻。三人は体を休めるために横になっていた。彼らの中心では焚き火がパチパチと音を立てながら揺れ、眠りに落ちている彼らの体を温めてくれた。周囲を警戒するために座りながら眠っていたアミスの耳に、ふと何かが動く音が聞こえた。ざり、と土を踏むような音。目を薄く開けてみると、いつの間にか体を起こしたラヴラが遠ざかっていくのが見えた。周囲に獣の気配は無い。所用でもあるのだろう、とアミスは目を閉じた。少しすると夜風とパルのいびきに混じって小さな啜り泣きが聞こえてきた。罪悪感に似た感情を覚えながらも、目を閉じ続けた。やがて泣き声は聞こえなくなり、足音がこちらに近づいてきた。ラヴラが戻ってきて再び横になったのだ、と分かった。
「ーー外の世界は不安か?」
こちらに背を向けているラヴラに、アミスは小さな声で話しかけた。パルが目を覚ます様子は無い。二人の間では炎が揺れている。ぱき、と音を立てて赤く染まった木の枝が割れた。
「別に」
消え入りそうな声でラヴラが答えた。
「あまり無理をするなよ。命あっての物種だ」
「……無理してでも、ばあちゃんの仇は取りたいの。大好きだった。優しくて強くて。年取ってたけど、もう少し一緒にいられると思ってた。それなのに……あの金髪の男、絶対許さない」
小さな肩に力が入るのが見えた。
「それなら、今はしっかり休むことだ。いざという時に体が動かなければ仇を取るにも取れないからな。ちょうど売れ残っていたハーブがあるから、湯に入れてやろう。香りが良いからよく眠れる」
金属製のコップに水筒から水を注いで、それを火の近くに置いた。鞄から乾燥させたハーブを一房取ると、指で千切って水の中に入れる。水が温まるにつれて周囲にハーブの優しい香りが広がった。
「火傷するなよ」
温まったカップをラヴラの方に置いてやると、ラヴラはゆっくりと体を起こす。初めて飲むハーブティーに少し顔をしかめながら口をつけ、「ありがと」と呟いた。
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