第12話
正体不明の男アミスを先頭に、三人は森を進んだ。幸い気象の荒い獣に出くわすことはなく、時々姿を見るのは鹿やウサギなどの草食動物だけだった。「腹が減った」と言って背負っていた銃でアミスが突然ウサギを撃ち抜いた時には驚いたが、ラヴラとパルも腹は減っていたのでウサギが手に入ったことを喜んだ。腰のベルトに差していたナイフを抜くと、アミスは慣れた手つきでウサギの血抜きをした。「血の匂いで獣がくるから」と言って足早にそこを去り、アミスの指示で枝を拾いながら歩いてしばらくすると三人はやっと森を抜けた。アヴラとパルにとって、森の外に出るのは初めての経験だった。
「すごい……」
二人は広い草原を見渡した。木がほとんど生えていない野原。緩やかな丘になっていて、膝下くらいの草花が生い茂っている。ずっと向こうまで続いている空は青く、その空を遮るものは無い。
「森の外はこんな風になってたんだ」
目をキラキラ輝かせながらラヴラが言った。
「草原を見るのも初めてか?」
片手にウサギを握ったままのアミスが笑う。
「木の上から眺めていたことはあったけど、ここまでは来なかった。こんなに広かったんだ……」
「今からその調子じゃあ街に着いたら驚いて死んでしまいそうだな」
「そんなことない」
むっとしたラヴラの顔を見て、アミスは笑った。良くも悪くも純粋だと思った。
「さあ、せっかく獲ったんだ。もう少し進んだたらこいつを食っちまおう」
広大な青い草原を、三人は歩き出した。森の中に比べて湿気が少なく、さっぱりとした心持ちがした。風がアミスのコートをはためかせるのを、ラヴラはぼーっと見つめていた。
三人は小高い丘の上にやってくると、腰を下ろした。ヴォルマグの木からずっと歩き通しで流石に脚が疲れてきていた。荷物が詰まったリュックを地面にどすんと置くと、それに背を預けるようにしてラヴラは座った。
「火をつけようか。拾ってきた枝をここに集めてくれ」
土の剥き出した場所を、アミスは顎で示した。二人は言われた通り、森で集めてきた枝をそこに置いた。鞄を取り出したアミスは中から布の端切れとマッチを取り出して、あっという間に火をつけた。それを枝の下に差し込んで炎を大きくすると、さっき獲ってきたウサギを手際よく解体して余った枝に差した。もう一度鞄を開けると中から調味料が入った小瓶を出して、肉に振りかける。ハーブの匂いが漂ってくると、ラヴラとパルの腹がぐうと鳴った。
「まだ焼いてすらいないんだ、少し待ってくれよ?」
アミスがそう言うと、二人は気まずそうな顔をした。
肉が焼けるまでの間、三人は手持ち無沙汰になった。パルは見たことのない植物を一つ残さず観察しようと辺りの草花をスケッチし始め、ラヴラは背中の猟銃を前に持ってくるとメンテナンスを始めた。ラヴラが銃の手入れを手際よく行っているのを地面に横になりながら見ていたアミスは、頬杖をつきながら聞いた。
「その猟銃、どこで手に入れたんだ?」
ボアスネークと呼ばれる紐で銃身の中を掃除していたラヴラは、視線を銃からアミスの方に移した。
「ばあちゃんに貰ったんだ。狼を撃ち殺した時に」
「へぇ。狼を。一人で仕留めたのか?」
「そうだよ。子供のころに、ばあちゃんに教えてもらった撃ち方で」
ラヴラは空を仰ぎ見た。
「さぞかし屈強な女性だったんだろうな」
「強かったし頭も良かった。何より優しかったんだ。私が家に遊びにいくのをいつも楽しみに待ってて、ちょっと良い武器なんかを仕入れられると私にくれることもあった」
「ヴォルマグで行われていた葬式は、君のお婆さんの?」
「……うん。アミスーー勝手にそう呼ぶね。アミスが森で撃ち抜いた男いたよね? あいつが私のばあちゃんを殺したんだ」
「どうしてそんなことを?」
「分からない。でも、何か理由があるんだと思う。見覚えのないコインが落ちてたし、あの金髪の男、誰かを探してるみたいだった」
「……コイン?」
「そう。これ」
ズボンのポケットを手で探ると、ラヴラは狼が描かれたコインを手のひらに載せて見せた。
「こんなコイン、私見たことない。ばあちゃんが持ってるのも見たことなかった。絶対変だ。母さんは何か覚えがありそうだったけど、結局教えてくれなかった。だから私が自分で、あの金髪をとっ捕まえるしかない」
「復讐か?」
こくり、と頷いた。
「ああー! 全部持って帰りたいっ!」
真剣に話していた二人の間に流れていたヒリついた空気が、パルの叫びによって打ち消された。心底うんざりした顔で、ラヴラは目をぐるりと回した。
「ねぇ、パル、うるさい」
「だって! 見たことない植物がいっぱい生えてるよ。森のすぐ横だっていうのにこんなに植生が違うなんて思いもしなかった。ああ、外って楽しいなぁ。獣が怖いから来なかったけど、こんなことならもっと早くに村を出ていればよかった。あぁ〜、全部持って帰りたいよ。きっと父さんも喜ぶ」
「ああ、そう……」
ため息をつくと、ラヴラは銃の手入れに戻った。手入れが終わる頃にはウサギの肉はいい色に焼けていて、三人は柔らかい肉を頬張った。
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