探求の旅

第11話

 小鳥の囀りが響き渡る森を、アミスは一人で歩いていた。ヴォルマグから離れてしまえば、周囲の森は明るく暖かい。心地よい風も吹いていたので木の根にでも座って一休みしたいところだったが、そうも言っていられなかった。手に持っていた鞄の中身はほとんどヴォルマグで売ってしまった。代わりに旅に必要な食料などを村で調達し、鞄に詰めてきたとはいえ旅が長引けば不足する。それに、さっきから視線を感じるような気がしていた。金髪の少女を襲っていた男がまた戻ってくる可能性も捨てきれないと思うと、視界の悪い森をさっさと抜けてしまいたかった。


 彼は南の谷を通ってヴォルマグに来て、今度は北にあるリタスという街に向かっていた。リタスは地上に築かれたごく一般的な街で、百世帯ほどの人口がある。商業が発展し周囲の村とも貿易を行っており、必要な物は大抵揃う。ただし学業の面だけはやや弱く、専門書などは品揃えが少ない。以前リタスに寄った時に数冊分の専門書を依頼されていたアミスは、ぐるりと周辺の都市を周った。その後、南の都市で大きな本屋に寄って、ヴォルマグを経由してリタスへ本を届けにいく予定だった。


 足元を流れる小川と大股で跨ぐと、アミスは慣れた足取りで森をどんどん進んで行った。後方から、ぱしゃりと水の音が聞こえた。ずっと見られていると感じていたのは間違いでは無かったらしい。十分背後に気をつけながら、振り返ることなく歩く速度を上げた。ガサガサという音が追いかけてくる。地面から突き出した大岩からヒョイと飛び降りると、その岩に隠れるようにして身をかがめた。鞄を一度地面に置くと、背負っていた銃を両手で持った。人の気配はピタリと止まった。周囲を警戒しているのだろうか。アミスがしばらく黙っていると、土を踏みしめる足音が近づいてきた。それから人影が岩の上に現れ、キョロキョロまわりを見回した後で岩から飛び降りた。深い緑の森の中で、真紅のマントがふわりと広がる。地面に着地したのは、赤いマントを着た少女だった。


「ーー君、ヴォルマグの?」

「うわっ!!?」


 アミスの気配に気がついていなかったのか、背後から突然話しかけられたラヴラは飛び上がった。


「び、びっくりしたなぁ」

「びっくりしたのはこっちだよ。どうしてここに? ずっと後をつけてきていたね」


 両手で持っていた銃を下げ、ベルトを頭に通すと再び背負った。


「なんだ、バレてたの」

「気配を消すのが下手だね」


 ラヴラはムッと顔をしかめた。


「どうせ気づかないだろうと思ってたから」

「それなら検討違いだね。で、なんの用事だい?」

「私も一緒に連れてってほしい。途中まででもいいから」


 突然のことに驚いて、アミスは目を見開いた。


「……それは、どうして?」

「外の世界に用事があるから。でも、私はヴォルマグとその周辺にしか行ったことがないの。隣の村まででもいいから、一緒に行かせてほしい」

「ご両親は?」

「父親は何も。死んでるからね。母さんには断ってきた。ーー心配されたけど」

「それはそうだろう。隣の村ーーというか街かな。リタスという街だけど、ここから少し距離がある。途中で野宿する予定だ。悪いけど、ほとんど知らない子供を連れていくわけには行かないよ。申し訳ないけどもう一人の子も連れて帰ってくれ」

「もう一人の子?」


 ラヴラは怪訝な顔をした。


「もう一人いるだろう? 足音が二つしたように感じたけど」

「怖い話して帰らせようとしてる? あんまり子供扱いしないで」

「いや、そんなつもりはないーー」


 そう言った時、大岩の向こうから「ひゃあっ」と頼りない悲鳴が聞こえた。その声を聞いてラヴラはうんざりした顔をした。大岩をぐるりと周って、草むらに腕を突っ込む。草むらの中から何かをむんずと掴み、ひっぱり出した。パルだった。葉っぱと折れた枝を髪に絡ませたパルは、二人を見て「へへへ」と笑った。


「なんでここに?」


 今度はラヴラが聞いた。


「だって、ラヴラが今生の別れみたいなこと言うから……」

「別に一生会えなくなるなんて言ってないじゃん!」

「でも、勝手に村から出て行こうとしてた! 僕を置いていかないでよ! っていうか僕だって外の世界に興味があるんだ。行くなら僕も連れていってよ!」

「ええー……」


 二人がそんな会話を交わしている内に、アミスは地面に置いていた鞄を持つとさっさと歩き出した。それに気がついたラヴラは慌てて彼を追いかけた。


「ついてくるんじゃない」


 一生懸命小走りで追いかけてくるラヴラに、アミスは言った。


「邪魔はしないから!」

「そうとは思えない」

「じゃあ荷物だと思ってよ! お金なら払うから。その手に持ってる荷物を運ぶのと一緒でしょ! 隣の村ーー街まで運んでくれたら、金貨を二枚渡すよ。銀貨も少しつけてもいい」


 アミスはギョッとして、思わず歩みを緩めた。


「随分金持ちだ」

「今まで貯めてきた分と、母さんが少し出してくれた分がある」

「そういうのは……」指で顎を掻いた。無精髭が少し生え出している。「あまり大きな声で言わない方がいい」

「ぼ、僕も少しなら出せるよ!」


 遅れて追いついてきたパルが大声で言った。アミスはうんざりした顔をした。


「ーー分かった、隣町までは連れて行こう。金貨一枚でいい。母親が子供に託した金をあまり多くは取りたくない気がするから」

「……ありがとう」

「なに、ただの商売だよ。そうと決まれば黙ってついてきてくれ。あまりフラフラしてると置いていくからな」


 微笑を浮かべて前に向き直ると、アミスは森を進んで行った。ラヴラとパルは慌てて彼を追いかけた。

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