第10話
埃臭く薄暗い部屋。窓から見える空は黒く染まり、月は雲に覆われている。壁に取り付けられたランプはところどころ欠けており、壁には黒いシミがいくつも残っていた。部屋の真ん中には大きなテーブルと上質なシングルソファが置いてあり、ソファには老いた男が座っている。白髪を後ろに撫で付けた男は光のない目をしていて、耳にはシルバーのピアスをいくつも着けていた。首にある狼の刺青が、老人の向かいに立っている男を睨みつけているようにも見えた。
「で、婆さんだけ殺してきたと」
老いた男が言った。男は手にライフルを持ち、銃身についた汚れを指で擦って落とそうとしている。
「はい」
向かいには金髪の男が立っていた。アミスに撃ち抜かれた腕には包帯が巻かれている。
「男は居なかったのか? あれの恋人だか旦那だかが、一緒にいるはずだが」
「婆さんだけでした」
「そうかぁ。なあ、トルタス。俺はお前から、あの森にいるって話を聞いた気がするんだよなぁ」
部屋の入り口で俯いていた刈り上げの男に向かって、老いた男は言った。
「す、すみません、俺は確かにあの森で見たんですが……。もう一度行ってーー」
ドン、と轟音が部屋に響いた。刈り上げの男は仰向けに倒れて、ちょっと手足を動かした後で息を引き取った。老いた男はライフルをテーブルに置いた。
「愚鈍は組織にいらねぇ。なあそう思うだろ、ヴァルタ?」
そう言って、老いた男はヴァルタを見た。ヴァルタはこくりと頷いた。
「頼むよヴァルタ。俺に実の息子を殺させないでくれ。俺はお前の腕を買ってるんだ。ーー今すぐ女とその恋人を探してこい。できれば女は生きたまま。ま、無理なら殺しちゃってもいいけどな」
「分かりました。すぐに行きます」
「ああ、よろしくな。お前だけが頼りだ」
ヴァルタはもう一度頷くと、くるりと向き直って部屋を出て行こうとした。
「そうそう。そこに転がっているやつもついでに運んでくれ。はあ。また部屋を掃除させなきゃいかんな」
ヴァルタは刈り上げの男を引っ張って部屋を出ていくと、部屋の入り口で警備をしていた男に遺体を引き渡した。男はうんざりしたような恐れているようななんとも言えない顔で引き受けた。それからヴァルタは廊下を歩き、自室に戻った。しばらく帰ってきていなかった部屋には埃が溜まり始めていた。少しカビ臭い気もする。大きなため息をついて窓を開けると、ひんやりとした夜風が部屋に入り込んだ。
本当ならすぐにでもここを出なければいけないのだが、流石に長旅で疲れていた。木の椅子に腰掛けて、テーブルに置きっぱなしだった酒瓶を手に取ると蓋を開けて一口飲んだ。酒が回って肩の力が少しだけ抜ける。少しだけ休んだらすぐに向かおう。それがきっと組織の為になる。そう自分に言い聞かせた。もう一口酒を飲むと、意を決して椅子から立ち上がる。撃ち抜かれた片腕がビリリと痛み、顔をしかめた。腕をやられた森での苦い出来事を思い出す。遠すぎて目視出来なかったが、一発で腕を撃ち抜くとは大した奴だ。また会うことがあれば苦戦を強いられることになるだろう。それから、金髪の少女。小さな体躯で猟銃だけでなくナイフを使いこなしていた。たった一日で妙な人間に二人も会った。だが、あれは父の探している人間では無い。
「探すところから、やり直しか……」
そう言ってヴァルタは部屋を出た。
一方、父の方はまだ部屋にいた。ソファに座ったまま、ヴァルタの報告について考えていた。この老いた男はリヴィスという名で、ヴァルタの父だった。男と女を長い間探していた。やっと尻尾を捕まえたと思ったら、的外れだった。それでも大きな収穫と言わざるを得ないが、そんなことで満足する男では無かった。自分が欲しいと思ったものは何をしても手に入れたいし、自分が殺すと決めた人間が地上に存在しているのは絶対に許せない。そういう男だった。
「どこにいるんだ? 私を置いてどこに消えた? ……絶対に見つけ出してやるからな」
テーブルに置かれた写真を、リヴィスはじっと睨みつけていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます