第8話

 月が煌々と夜空に輝くと村で葬儀が始まった。ヴォルマグでの葬式は、故人の一生を讃え、ヴォルマグを大地から支えてくれることに感謝をする儀式だ。村人達は可能な限りのご馳走を家から持ち出し、楽器が弾ける者達は音楽を奏で、やることが無い者は酒を飲んだり踊ったり。涙を流してラヴラの祖母との別れを惜しむ者がいれば、猟師としての腕前を讃えて語り合う者もいた。ヴォルマグにはほとんど寄り付かずに森の外れに住んでいた祖母だったが、村人達には愛されていた。


 そんな村の様子を、ラヴラは自室の窓から見下ろしていた。祖母との別れをまだ実感できていなかった。だから、葬儀に参加する気になれなかったのだ。それはラヴラの母も同じらしく、自分の実の母親が他界してしまったことを受け入れられないようだった。ラヴラはリビングに行くと、俯いている母の向かいに座った。普段は気丈な母も、今夜ばかりは打ちのめされているように見える。ラヴラの方をちょっとみて悲しそうに笑ったあとで、また自分の膝に視線を落とした。たった二人だけの静かな家。窓の外からは陽気な音楽が流れてくる。村を照らす松明の炎が、時折家の中を橙に照らした。


「大丈夫だよ」


 ラヴラは言った。


「大丈夫、ばあちゃんの仇は私が取るから」


 母は黙っていたが、手の甲で涙を拭くと顔を上げた。


「止めなさい」

「ーーどうして?」

「おばあちゃんは熊にやられたの。熊を殺すの? どの熊がやったかも分からないのに」

「だから違うって言ってるじゃない。ばあちゃんの家には銃弾の跡があったし、帰りに妙な男に襲われた。それに、その男だって自分が殺したって言ってた!」


 バン!!と母はテーブルを手で叩いた。普段なら絶対にこんな怒り方はしない人だった。


「その男はきっと頭がおかしかったのよ。あなたのおばあちゃんは殺されるような人じゃ無い。村の人たちにも好かれてた。変なことを言うのは止めなさい」

「でも、変なコインがーー」

「うるさい!!」


 怒鳴ったあとで、母はハッとした。我に返りラヴラの顔を見た。見たこともない母の顔に、ラヴラは目を丸くしていた。取り繕うとしてももう遅く、母が何かを言おうと口を開けた時にはラヴラは家を飛び出していた。


 故人の親族でそんな問題が起きているとはつゆ知らず、賑やかな葬儀は続いていた。普段なら早く寝ろと叱られる深夜でも、子供が起きていられる唯一の日だった。酒に酔った大人達の間で、土に埋められていく棺をパルは樹上から見ていた。酒を飲んでいない数人の猟師が周囲を警戒し、他の村人が棺に土をかけている。大きな焚き火をたいているので獣は怖がって近寄ってこないだろうが、稀に火を恐れない獣がいる。だからどんな時でも猟師は必要だった。ラヴラも常日頃猟師になりたいと言っていたが、小柄だし女だから無理だろうと大人達は言っていた。だがパルは、彼女なら猟師にもなれるだろうと思っていた。だってあんなに機敏に動けるし、銃の扱いも大人顔負けなんだから。


「ねぇ、パル」

「うわっ!?」


 いつの間にか後ろに立っていたラヴラに肩を叩かれて、驚いたパルは仰け反った。


「まだ起きてたんだ」

「そりゃあ葬儀だしね。それにしても遅かったね。どこに行ってたの?」

「母さんと一緒にいた」

「そう……。お母さん、大丈夫?」

「わからない。でも、なんか様子がおかしい。多分何か隠してると思う」

「何かって?」

「それが分かったら苦労しないよ」

「まぁ、それもそうか。で、腹が立ったからこっちに来たの?」

「それもあるけど……」


 少し俯いた後で、ラヴラは再び話し出した。


「パルとはしばらく会えなくなるかもしれないから、お別れだけでも言っておこうと思って」

「ーーえ?」


 一瞬ラヴラが何を言っているのか理解できず、パルの頭は真っ白になった。相変わらず周囲の大人達はうるさく、さっきまで心地いいと思っていたはずの弦楽器の音さえ鬱陶しく感じた。


「ラヴラ、どういうこと?」

「誰にも言わないで、絶対」

「言わないけど、会えなくなるって?」

「ごめん。必ず戻るから」

「ちょ、ちょっと!」


 伸ばしたパルの手はラヴラに届く事は無かった。酔っ払った大人がパルにぶつかってきたせいで彼はよろけ、その一瞬でラヴラは大人達の影に隠れるとあっというまに姿を消した。


「ラヴラ? ねえ、どこ!?」


 男達の笑い声、別れを惜しむ啜り泣き、太鼓の音、笛の音色、子供同士の喧嘩の声。色々な音がパルの声をかき消した。それからラヴラがパルの元に戻ってくることは無かった。

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