第7話

  ヴォルマグの太い幹に背を預けるようにして、アミスは座っていた。片手には酒の入った木製のカップを持っている。ラヴラが近づいた時にはすでに彼女の存在に気がついていたようで、「ねぇ」と話しかけられても微動だにしなかった。


「ああ、君か」


 アミスは言った。


「私はラヴラ。さっきはありがとう」


 ラヴラはゆっくり近寄って手を差し出したが、アミスはその手を取らずに酒を一口飲んだ。


「気にするな。ヴォルマグの人たちには良くしてもらってるから、お互い様だ」

「ーーそう」


 差し出した手を引っ込めると、ラヴラはアミスのことをじっと見下ろした。感じが悪くて無愛想、フードで顔も隠れているし、いけ好かない男だと思った。


「そんなに警戒するな。君が知らないだけで、ヴォルマグとの付き合いはそこそこ長い」


 そう言って、アミスはフードを脱いだ。歳の頃は三十前後。森では気が付かなかったが、右眉に古い傷の跡がある。ダークブラウンの瞳は一見優しそうに見えるが、目に覇気が無かった。人に興味が無い人間の目だ、とラヴラは感じた。木も獣も人間も、全て同様に興味がない。そんな目をしている。


「いつもどこからくるの?」

「いろんな所から。西から来ることもあるし、東から来ることもある。いつも色々な場所を行ったり来たりしているからね。今日は南の街から来た」

「頼めば何でも持ってきてくれるんだって?」

「何でも、という訳ではないが大抵のものは持ってくるよ。こっちも商売だからね」

「外の街では通貨も違う?」


 アミスは不思議そうな顔をした。


「通貨? 通貨は同じだよ。ここと同様に金貨と銀貨で商売がやりとりされる」

「そう……。ねぇ、このコインどこかで見たことある?」


 ズボンのポケットから鈍色のコインを取り出すと、手のひらに載せてアミスに見せた。狼が描かれたコインをじっと見つめていたアミスは、ゆっくりと首を横に振った。


「これをどこで?」

「ばあちゃんの家に落ちてた」

「……そうか。おばあさんの事は、本当に残念だったね」


 目頭が熱くなるのを堪えて、ラヴラはコインをぎゅっと握りしめた。


「ばあちゃんがこんなコインを持ってるの、見たことない。これは多分金髪の男が落としていったやつだ。絶対あいつを見つけて、ばあちゃんの仇を取ってやる」

「……止めた方がいい」

「は? どうして?」

「一度対峙して分っただろ。相手は君より一回りも二周りも大柄の男で、武器の扱いに慣れている。下手に戦いを挑んだ所で犬死にするだけだ」

「でもアンタは勝ってた」

「勝ってない。あの男の注意が君に逸れていたから不意打ちができた。一対一でやり合えば勝てるとは思えない」

「……そんなの、分からないじゃん」

「分かるから言ってる。命が無駄になるから止めろ。大体母親もいるんだろ? 君に何かあったら母親はどうなる。一人にさせるのか」

「それはそうだけど……。ならさ、私に戦い方を教えてよ! 金髪の男には勝てないかもしれないけど、私よりはあいつと戦えてたし!」

「バカ、そんなの無理に決まってるだろ」

「なんでよ! この村にいる間だけでもいいからさ!」

「人様の家の子供に人殺しのやり方を教えろって? もし君の母親に怒られなかったとしても、バチが当たりそうだ。それに、俺は明朝にこの村を出る。だから戦い方を教えるなんてできない」

「もう少しゆっくりしていけばいいじゃん。そもそも私は子供じゃない!」

「俺から見たら子供みたいなものだ。とにかく無茶な事は言わないでくれ。せっかく平穏な村にいるんだ、危ない事に首を突っ込もうとするな」

「……わかった」


 がっくりと項垂れると、ラヴラは村の方へと帰っていった。こっそりと後ろをついてきていたパルが二人の会話を聞いていたのだが、それに気がついていたのはアミスだけだった。

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