第6話

 泣き腫らした顔でラヴラが帰ってきた時、ヴォルマグの村人達は大層おどろいた。小さい頃から、喧嘩で負けそうになっても大人に叱られても頑として泣かなかったラヴラが泣いている。綺麗な金髪はぐしゃぐしゃだし、服には土がついていた。ブーツには血のようなものもこびりついている。大人達はとても慌ててラヴラの母親を呼びに行き、母は話を聞くなりすぐに家から飛んできた。母は娘の無事を確認するなりラヴラを力強く抱きしめ、何があったのかと優しく聞いた。また泣き出しそうになるのを堪えながら、ラヴラは森の中であったことを少しずつ話した。村人達は驚き、互いに顔を見合わせた。ヴォルマグはずっと平穏で、稀に獣がやってくることはあっても人が殺されるなんて事件は起きた事がなかった。子供の戯言かもしれないと思った大人達は村の猟師を集めてラヴラの祖母の家に向かい、彼女の話に何一つ嘘がなかったのだと知ることになった。


 猟師達が戻ってくると、葬式の準備が始まった。ヴォルマグの三本の大樹の内、南西側の木の根本には墓地がある。人が亡くなると木の根本に埋葬され、ヴォルマグの木の糧となりこの村を守ってくれるのだと信じられている。村人達は葬式の準備をしながら、ラヴラの祖母は強い猟師だったから、このヴォルマグを守ってくれるだろうと口々に話した。だがラヴラはそんな話には納得出来なかった。祖母を殺した金髪の男の顔が忘れられない。ヴォルマグのことよりも、祖母の仇を取りたかった。


「ラヴラ、顔色が悪いよ。大丈夫?」


 枝に腰掛けてぼうっと葬式の準備を眺めていたラヴラを心配したのか、パルが声をかけてきた。


「大丈夫な訳ないでしょ」

「そうだよね、ごめん。でもラヴラだけでも無事で良かった」

「……ごめん。八つ当たり」

「いいよ。だって、大変な目にあったんだから」


 パルはラヴラの隣に腰掛けた。二人は幼い頃からの付き合いで、辛いことがあったり大人に叱られたりすると、よくこうやって隣に座って外の景色を眺めた。あれから少しだけ成長した今日、空は夕日で茜色に染まり、足を踏み入れたこともない遠い山々も赤く色づいていた。西のほうではすでに闇夜が空を覆いだしていて、もうすぐこの村に夜が来るのだと分った。


「あ、あれ……」


 忙しなく葬式の準備をする村人達とは対照的に、ゆったりと動く人影があった。フードを深く被っていたが、服装と背負った猟銃、何となく周囲を警戒している歩き方から森で会った男だと勘づいた。キョロキョロと周囲を見ながら歩いていた男は村人に呼び止められて歩みを止め、何かを話し始める。片手に持っていた鞄を開けると何か小包のようなものを取り出して、コインと交換していた。


「ああ、アミスさん」


 その様子を見ていたパルが言った。


「アミス?」

「ラヴラはまだ話したことないんだね。外の街からやってきて、この村で作れないものなんかを売ってくれてるんだ。事前にお願いしておけば、薬や弾薬、調味料なんかも持ってきてくれるよ。ヴォルマグから離れない僕らにとってはとても助かる存在なんだけど……この村にくる頻度があまり高くないから、それだけちょっと困るかも」

「ふうん……。知らなかった」

「ラヴラは他人に興味が無いもんね」

「だって毎日同じ顔しか見ないし、嫌でもみんな、勝手に噂話とかしてくるから。興味がなくても大体知ってるんだもの」

「まぁそれがこの村のいいところでもあるよね」

「超前向きにとらえればね」

「またそういうこと言う……」


 すくっと立ち上がると、ラヴラは尻についた埃を手で払った。パルのおかげで、血の底に落ちていた気分は少しだけマシになっていた。


「もう行くの?」

「うん。少し気になることもあるから」

「多分、そろそろ葬儀が始まる。遅れないようにね」

「分かってる」


 今いた枝からサッと飛び降りる。後ろからパルが「危ないぞー!」と声を上げていた。

 枝から枝へ渡り、ひょいと他人の家の屋根に降りた。たまたまその家に住んでいるおじさんに目撃されて、「こらっ」と叱られてしまった。ラヴラは口をへの字に曲げると、屋根から飛び降りてそそくさとその場を去った。村の中でも一際太い枝の上には、いくつかの店が並んでいる。葬儀が行われることもあり、店は村人で賑わっていた。すでに酒を飲んで沸き立っている大人達の間を抜けて、ラヴラはアミスと呼ばれている男を探した。ついさっきまで、この辺りにいた筈だ。手近な酒樽を見つけると、その上によじ登って周囲を見渡す。すると、少し遠くの幹の近くにフードを被った頭が見えた。ラヴラは慌てて樽から降りると、幹の方へ向かって走り出した。

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