第4話
ラヴラの祖母は意外と験を担ぐ人だった。獲った獲物には感謝していたし、猟の前には森に祈りを捧げていた。そんな祖母の家ではいつもお香が炊かれていて、祖母は「この香りは獣が嫌がって避けていくのよ」と言っていた。祖母の猟師としての腕を本能的に気取った獣が恐れからこの家を避けていたのか、本当にお香のかおりを避けていたのか、今となっては分からない。
扉を開けた時、ラヴラの鼻腔に飛び込んできたのは鉄の匂いだった。祖母が趣味で編んでいたブランケットにはべっとりと赤黒い血がついている。今際の際まで争っていたのか、サバイバルナイフを片手に握ったまま、祖母は扉の前で事切れていた。床にうつ伏せに倒れ、首はこっちを向いていた。自分を殺したものを最後まで見つめていたのだろうか。
「ばあちゃん……?」
日常的に猟をしてきたラヴラには、もうどうにもならない事が本能的に分かった。祖母の前にしゃがみ込んでその手にそっと触れると、まだ少し暖かかった。呼吸はしておらず、瞳は狩りをする時の鋭さを持ったまま虚空を見つめている。いつも優しげに微笑んでいた表情は、もうどこにも無い。ズボンの膝に祖母の生温かい血が染み込んできて、ラヴラは反射的にのけぞって尻餅をついた。祖母は死んでしまったのだ。
尻餅をついたとき、床についた手に何かが触れた。恐る恐る取り上げると、それは鈍色のコインだった。普段彼女が買い物に使っているものでは無い。狼の姿が描かれた、不思議なコインだ。おもちゃだったとしても、なぜ祖母がこんなものを?
ラヴラは少しだけ冷静さを取り戻し、周囲を見渡した。部屋の中に爪の跡は無いし、獣臭さも感じない。祖母の遺体は食い散らかされた様子は無く、部屋の奥の床には銃弾が穿ったような穴もある。これは、獣の仕業ではない。震える膝を拳で殴りつけてフラフラしながら部屋を出ると、自分が来た道をじっくり観察した。床と梯子にべっとりと付着していた血。あれは祖母のものか、犯人のものか。目を凝らして観察していると、靴の跡のようなものが見つかった。大きな靴だ。大きな靴、コイン、祖母の遺体。一体何が起きたのか。
ーーガサ。
風に揺られる木の葉に紛れて、生き物の気配を感じた。はっとしてそちらを見ると、金色の髪の毛が木の裏に隠れたのが見えた。
「待て!!」
ラヴラは銃を手に持つと、梯子を使わずに木の上から飛び降りた。着地と同時に前転して衝撃を軽くすると、猟銃をしっかり両手で持ち直して走り出す。金色の髪の毛は木々の間を縫うようにして逃げていく。背はラヴラよりもずっと大きく、視界の悪い森の中を慣れた足取りで走っていた。ラヴラは走りながら猟銃の銃身を折ると、腰のベルトにつけられた小物入れから銃弾を二発取り出して銃に装填した。銃身を元に戻すと、手近な木にさっと登り、森の中をじっと睨みつける。遠くで金髪がチラついた。銃を構えて銃床をしっかりと肩で固定し、フロントサイトを通して森の奥をじっと見つめる。木の奥で人間が動いたのを見るやいなや、その人間のすぐ近くに銃弾を打ち込んだ。二発の銃弾は人影のすぐ近くの幹を大きく破裂させた。静寂に包まれていた森で銃弾の音が響き、驚いた小鳥が一斉に飛び立った。
「隠れたか」
さっきまで逃げ回っていた人影は、どこかの物陰に隠れたのか気配を消した。相手が武器を持っていることを知り、出方を変えてくるかもしれない。ラヴラは周囲を警戒しながら慎重に木から降りた。上にいたのでは良い的だ。
「ばあちゃんの仇だ……。絶対殺してやる」
銃をぎゅっと力強く握りしめ、自分が銃弾を打ち込んだ幹へ近づいていった。いつの間にか空には雲が現れ、森は薄暗くなっていた。木の上にいた鳥が羽ばたくと、ラヴラの心臓はびくりと跳ねた。呼吸を整えながら一歩、また一歩、大きく削れた幹へと近づく。周囲に人の気配は無い。風に揺られて、木の葉がカサカサ音を立てる。ーーあれは何だろう? 十から十五メートルくらい先の幹の裏で、何かが動いた。そっちから目を逸らさないようにしたまま、銃身を折ってまだ熱を帯びた薬莢を捨て、二つの銃弾を装填する。ガチャリ。銃身を戻した時、視界の端に何かが見えた。あっと思った時には木の上から男が飛び降りてきていた。
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