第2話
甘い黄果の実が入ったスコーンを齧りながら、ラヴラは歩いた。大樹の村ヴォルマグでは既に村人たちが働き始めている。木の上で採れる野菜やキノコを育てる者、近くに獣がいないか見張る者、近くの湖まで降りて水を運んでくる者。朝日が登ればゆっくり朝食をとり、仲間と他愛のない話をしながら各々が己の役割を果たしている。ヴォルマグの中でも特に大切にされているのは村に肉を運んでくる猟師達と、木の健康診断をする樹木医師だ。猟師は村人が何かしらの用事で木を降りる際にボディーガードのような役割を果たすこともあるし、樹木医師が木の根本を調べに行く際に彼らを守ることもあった。猟師はラヴラが憧れている仕事でもあるが、猟師になれた女性はほとんど前例が無く、ラヴラの祖母以外いなかった。そんな祖母も今となっては腰を悪くして、ヴォルマグから少し離れた場所でひっそりと一人暮らしをしている。
「やめてよ!」
穏やかなヴォルマグの村に少年の声が響いた。ぼうっとしていたラヴラの意識は引き戻されて、すぐ近くにいた少年の方へと向かった。十になろうかという少年が、体の一回り大きな男の子達に囲まれていた。一際ガタイのいい男の子が、少年のダークブランの頭をパシリと手で叩いた。ふらりとよろけると、少年は枝の上にへたり込んだ。その様子を見ていた男の子達は、「弱い弱い」と言ってせせら笑う。袋の中にあったスコーンを一気に口の中に放り込むと、ラヴラは袋を持った手で拳を作り、ガタイのいい男の子の頭をごつんと殴った。
「いてっ!! ーーラヴラ、何すんだよ!」
「また弱い者いじめしてるの。体はでかいくせにタマは小さいね」
「なんだよ、やるか!? 女のくせにムカつくんだよ!」
「いいよ。武器はなし? 猟銃は使わない方がいい? 銃床すら使わなくてもアンタには勝てそうだけど」
彼女がそういうと、男の子は顔を真っ赤にしてラヴラに飛びかかってきた。だがラヴラはそれをひらりと避け、男の子の鼻を拳で殴った。殴られた方は「うわぁ」と悲鳴をあげて両手で鼻を抑えた。手の下から血がしたたった。彼の仲間が怒ってラヴラに飛び掛かろうとした時、遠くから怒声が聞こえた。
「こらーーー!! お前達、何やってるんだ!!」
ラヴラと同じくらいの歳の少年が、眉を釣り上げてこっちへ駆け寄ってくる。男の子達は蜘蛛の子を散らすように慌てて逃げ出していった。最後に、いじめられていた少年だけが残された。
「ミダ、大丈夫か」
少年は枝に座り込んでいた少年を抱き上げる。すると、少年はわんわんと泣き始めた。
「またいじめられたのか。全く、あいつらいつもいつも……。ラヴラ、弟を助けてくれたんだね。ありがとう」
「別に。それよりパル、あんたの弟弱すぎじゃないの。ちょっと叩かれたくらいでそんなに泣いて。それじゃ、舐められても仕方ない」
パルと呼ばれた少年は赤みがかった癖毛を手でわしわしと掻いて、困ったように笑った。
その頬にはそばかすが散っている。先ほどの少年達とは打って変わり、手足は細く背もラヴラとほとんど変わらなかった。
「いいんだよ、ミダはこれで。僕らの仕事は猟師とは違う。植物に寄り添って、不調がないか調べ、不調があるなら治してあげるのが仕事なんだから。力の強さより優しさが大切なんだ」
「ふうん。私は絶対、泣き寝入りなんて嫌だけどね。もし一回殴られたら、百回殴り返してやりたいと思う」
「そんなの、なにも生まないよ。相手がさらにやり返してくるだけだ」
「そんなの分かってる。でも、だから何? なにも生まなくったって、私は納得いかなければ殴り返すよ。百回でも二百回でもね」
「相変わらず、変わってるよね。ところでそのバスケット、おばあさんのところに行くの?」
「ああ、そうだけど」
「へぇ。木の下に降りるんだね。なら僕も連れてってよ。木の上では見られない植物やキノコが地上にはいっぱいあるんだ。最近はめっきり地上に降りてないから、見たくて見たくて」
パルは目を爛々と輝かせた。弟のことなどすっかり忘れてしまっているようだ。
「嫌だよ、獣と戦えもしない奴と一緒なんて」
「そう言わずに! いざとなったら僕も戦うから!」
「嫌だって!!」
「あ、ちょっと!」
ひょい、と今いた枝から飛び降りると、ラヴラは次から次へと身軽に枝を渡っていった。あっという間に下の方へと消えていった彼女を追うこともできず、パルは彼女の姿を見て「すげー」と呟くしかできなかった。
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