門出
第1話
暖かい風が吹いている。揺れる金色の髪が頬をくすぐる。ラヴラは頬にかかった髪の毛を手で払うと、窓の外に広がる景色を見渡した。大きな木の幹に建てられた彼女の家からは、木の根本に建てられた家が見下ろせる。三本の木が絡まり山のようになっている場所に、ラヴラの街はあった。ずっと昔からあると聞く山のように大きな木。それはうねうねと身を捻じ曲げ、太い枝をあちこちに伸ばしている。枝は太く丈夫で、折れたり枯れることはなかった。年中暖かいこの地域では木は青々とした葉をいつも茂らせているが、少し冷える季節がやってくると、その後に黄色い花を咲かせる。花は丸い実をつけ、その実を鳥が食べにやってくる。実を食べた鳥は遠くへ飛んでいき、どこかで糞をする。この街が宿る木のように大きな木がきっとどこかに生えているのだろうと、いつか祖母が言っていた。
「ラヴラ、そろそろ行かないと遅れるわよ」
家の中から母が言った。
「うるさいなぁ、別にちょっと遅れたって大丈夫でしょ」
母に聞こえないようにぼやく。窓をバタンと閉めると、ラヴラは椅子から降りた。彼女がいるのは自室で、祖母が編んでくれたという絨毯を押さえるようにして古びた木製のベッド、机、小さなテーブルなどが置いてある。勉強に必要だからと母が友人からもらってきた本棚には彼女のコレクションであるナイフばかりが並べられ、本が入れられることはついぞ無かった。ベッドのすぐ側にはラヴラ愛用の猟銃が立てかけられている。祖母が昔使っていたものを譲り受け、メンテナンスをしながら使い続けていたものだ。銃床に薔薇の花が刻まれており、不思議と手にも馴染むためラヴラは気に入っていた。銃のスリングベルトを掴みあげると、ベルトの中に頭を通して猟銃を背負った。
リビングに行くと、テーブルにバスケットが置いてあるのに気がついた。祖母に渡す薬や果物などが入っているのだ。ラヴラはこれを持ち、小一時間歩いて祖母の家に向かわなければならない。もっと近くに住めば良いのにと言い続けてきたが、「私はここが気に入っているのよ」と祖母は頑として譲らなかった。そのおかげでラヴラは今日も祖母の家まで行かなければならない訳だ。
「出来るだけ早く帰ってきなさいね。夜は危ないから。銃のメンテナンスは?」
キッチンの方から顔を覗かせながら母が言った。
「してる」
「弾もあるわね?」
「うん、多めに持ってる」
「ナイフは?」
「あるよ、心配性だなぁ」
「根の方は森が広がっているし、日当たりが悪くて視界が狭いのよ。木の上まで登ってこない獣も、根の方にはたくさんいる。心配なのよ。本当は私が行きたいくらいだけど……」
「いいよ、母さん銃なんて持てないでしょ」
「なによ、持つくらいできるわよ。ちょっとノーコンなだけよ」
「一回撃たせたら的に当たらないどころか反動ですっころんでたもんね」
「よく覚えてるわね……。全く、銃の扱いばっかり上手くて困っちゃうわ。誰に似たんだか。とにかく、早めに帰ること! あとお小遣いもらいすぎないこと!」
「はあーい」
バスケットを片手で持ち上げると、振り向きもせずに家を出た。後ろの方から「いってらっしゃい」という母の声が聞こえた。
家を出ると、大きな木の幹が視界に飛び込んできた。地面から生える太い大木には蔦が絡まり、四方八方へ伸びる枝に小ぶりの家が建てられている。そのうちの一つがラヴラの家だ。ラヴラは足元を見下ろした。すぐ近くに菓子を売っている店があり、そこから甘い香りが立ち昇ってくる。足元の梯子に足をちょっとかけると、滑り台のように勢いよく降りていった。最後にぴょんと飛び降りて下の枝に着地する。危ないから止めろ、といつも母に言われているのだが、この癖はいつまで経っても直らなかった。
「スコーン、ある?」
店の窓から大きめの声で話しかけると、中から四十くらいの男がひょっこりと顔を出した。
「おう、ラヴラ。ちょうど焼きたてのやつがあるぞ。黄果の実が入ったスコーンだ。一袋五十コインだよ」
男はスコーンが入った袋をつまみ上げ、ラヴラの目の前に出して見せた。
「五十コイン? 高いね。もう少し安くならないの」
「食べごろの黄果と焼きたてのスコーンだぞ? だめだめ」
「じゃあ、今日はやめとこうかな」
「こんなに美味いのに、買って行かないのか?」
「三十コインなら買ってた」
「そりゃ無理だ、せめて四十五コイン」
「……」
「わかったよ、四十コイン」
「ごちそうさま」
ズボンのポケットから小さな袋を取り出すと、中からシルバーのコインを四枚取り出した。コインと交換にスコーンの袋を受け取ると、ラヴラは上機嫌に店を去った。
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