第21話 エピローグ
編集委員会、委員会室。本谷のキーボードを打つ手が止った。デスクの周りにはノートやらメモやら、飲みかけのジュースやら食べかけのお菓子やらが散乱している。
「ついに脱稿~!」
学校誌『つばさ』の最新号の記事を書き終えた瞬間だった。内容は志島との約束通りボランティア委員会の活躍について。一月近く休学していた生徒を復学させることに成功。ボランティア委員会の『生徒お助け作戦』に焦点を当てた記事だった。
「それにしても石黒も不運だったわね」
積み重なった紙の資料の中から新聞を引っ張り出し、改めて眺めた。記事飲み出しには『神社仏閣詐欺。準大手ゼネコンも被害』とあった。千葉県の
藤木戸がショルダーバッグを持って病室へ入ると、ベッドに伏せた石黒がいた。頬が痩け、髪は伸び放題、髭も生え放題だった。ベッドに伏せたまま退屈そうに携帯をいじっている。
「具合はどうだい? 石黒氏」
「おお、誰かと思えば藤木戸氏ではないか」
聞き慣れた声に、石黒はベッドから飛び起きた。
「だいぶ顔色はよくなったようだね」
「そういう君はどうなんだい」
藤木戸はベッドサイドの丸椅子に腰を下ろし、持っていたショルダーバッグを床に置いた。
「程度の差はあるけれど、僕も君と同じく治療を受けている。それにしても脳に影響を及ぼすなんて思いもしなかった」
「ひとが突然、違う人格になれるなど、そんなものは悪質なドーピング以外の何物でもないな。あの男の言葉を鵜呑みにする前に、我々はもう少し慎重になるべきだった。今でも悪夢を見る度に、後悔の念に駆られるよ……」
気を落とす石黒に藤木戸は明るい声で言った。
「我々はオタクじゃありませんか。黒歴史のひとつやふたつ、なんのその、ですよ。そんな石黒氏に今日はプレゼントを持って来ましたぞ」
「先ほどから気になっていたんだ。何なんだそれは」
藤木戸が取り出したのは、視界部に箱が取り付けられたようなゴーグル状の機器だった。
「VRゴーグルです。暇を持て余しているでしょうから、これで遊ぼうではありませんか」
「おお、これはありがたい! さっそく試させてもらいますぞ!」
石黒と藤木戸は元のオタク同士に戻っていた。VRゴーグルを手にしてキラキラと目を輝かせる石黒の胸に、もはや生徒会長の座を狙う野心の炎は灯っていなかった。
澤は意を決して扉をノックした。そこはコンピュータ研究部の部室だった。
「中学部三年C組、澤照美と申します」
その部屋には最新の機器が取り揃えられていた。
「この娘と一緒に見学させてもらいたいんですが」
澤の後ろに隠れていたのは胡桃坂あかねだった。
「中学部三年A組、胡桃坂あかね、です」
胡桃坂は正気を取り戻し、無事に復学を果たしていた。ふたりは漫画研究部に退部届を提出したその足で、コンピュータ研究部を訪れたのだった。
「ようこそ、コン研へ。それにしても、なぜこんな時期に」
「はい! 私たちVTuberに……いえ、アニメの作り方や動画の編集について学びたくて。そうだね、あかね」
「う、うん!」
コンピュータ研究部の部員は、ふたりの仲睦まじさに思わず目を細めた。
「なるほど。それじゃ、うちで使えるソフトを紹介しよう」
「よ、よろしくお願いします!」
澤と胡桃坂はぺこりとお辞儀をした。
放課後のペントハウス。柊木はいつものように封筒から切手を切り取る作業に勤しんでいた。志島はソファに寝そべり『つばさ』を呼んでいた。窓辺には風鈴が下げられ、窓からそよぐ風に揺られている。そんな折、委員会室の扉が開く。入って来たのは汗だくで息を切らした三崎だった。
「ただ今、戻りました!」
志島は手をひらひらとさせた。
「ご苦労様、三崎君」
柊木が顔を上げる。次いで、柊木が顔を上げる。
「お疲れ様っす! 先輩」
「神社側の許可は得られました」
「よし、それじゃ行こうか」
志島はソファからごろりと起き上がると、大きく伸びをした。ローテーブルの上には天文神社、水門神社ふたつの御札。ボランティア委員会、今日の活動は新東京市を見守るふたつの神社の清掃だった。
放課後のペントハウス 草迷宮ひろむ @merry-andrew
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