1-4 王立騎士団第七支部

 言い切ってから、ちらりと相手の顔を見上げる。

 こちらを見下ろしていたシャルロットは、大きな瞳をぱちくりとさせ、ルイを見下ろしていた。


「盗賊……ルイさんが?」

「……正確には、だけどさ。盗賊団『バリーバーリ』って聞いたことあっかな」

「はい。確か、貴族などの富裕層を狙う義賊で……有名、ですよね。民衆の方々にも、人気の高い──」

 シャルロットの言葉に、ルイの顔が皮肉げに歪む。


「そんなカッコいいもんじゃないけどさ。ただ、『どうせやるならデカくて難しいこと』を信条にしてるだけで……当人たちは、ゲーム感覚みたいなもんだよ」


 実際、盗んだものにさほど執着がないのも『バリーバーリ』にいる連中の特徴だった。だから酒場で酔えば気が大きくなり、盗んだばかりのお宝をばら撒いてしまうこともある。それが何度か重なって、いつしか「義賊」だなんてもてはやされることにもなったが。


「ルイさんにも、そういうお気持ちが?」

 シャルロットの黄金色の瞳が、すぐ近くから覗き込んできた。澄んだ眼差しに映る自分の姿がなんだか汚く見えて、そっと目を逸らす。


「オレは……赤ん坊の頃、団長に拾われたんだ。それで、団員のヤツらに育てられた。子守りがわりに、いろんな技を教わりながらね。もちろん、だって何度もした」

 持てる者から盗むことを愉しみ、騎士団に追われることを笑い、「家族」との関係をなにより尊ぶ。

 その生き方に、疑問を持つことはなかった。──あの日までは。


「……ただ。自分で変わろうとしなきゃ、いつまでもオレはずっと——薄暗い穴ぐらで生きてるのような人生なんだろうなって、そう思ったから」


 だから、逃げ出した。


 光の下で、まともな職について、背筋を伸ばして生きるのだと。そう、心に決めて。


「──だとしたら、なおさらです!」

 シャルロットの白い手が、きゅっとルイの両手を包む。


「一緒に騎士団に入りましょう、ルイさん。他人のために働く騎士団なんて、ルイさんの希望にぴったりじゃないですか」

「な、なに言ってんだよ。これまで騎士団に追われてたんだぞ? 今だって、身元がバレたらきっとすぐ捕まっちまう」

「ですが、その『身元』と決別されるために、団を離れたのですよね? でしたら、怯える必要なんてない──むしろ、今まで一緒にいた方々から身を隠すのに、最適なのではないですか?」

「それは……」


 確かに。

 盗賊団の連中が、突然姿を消したルイを探したり、足抜けとして粛清しにきたりする可能性はゼロではない。

 だとすると、騎士団の中に潜むというのはこの上なく適した身の隠し場所だ。


「……でも、やっぱ無理だろ。いくら団を離れたって言ったって、もし騎士団の連中にバレたら……」

「ご心配なく! だって──私がルイさんを守りますから」


 にっこりと、曇り一つない笑顔で、シャルロットは断言した。小さな唇が、ルイの耳元にそっと寄せられる。


「ご存知ですか? 聖職者には、信者の告白を秘する義務があるのです」

 それから、ほんのりイタズラっぽく笑って。


「ルイさんの秘密。私がきっと、守り通します」

「──……っ」


 変な女。バカじゃねぇの? 信用できるかよ。

 そんな言葉が脳裏に浮かんでは、言葉にする前に消えていく。

 すぐ目の前にある彼女の瞳が、どれだけ本気で、そこにどれほどの誠意がこもっているかまで、伝えてくるから。


 がりがりと、刈り上げた後頭部を搔き。それからふっと、自然と口の端が持ち上がった。

「……シャルロット。アンタ、ほんといいヤツだな」

「どうぞ、シャルとお呼びください。私たち、もうお友達でしょう?」


 姿勢を戻したシャルロットが、高い位置からにっこりと微笑みを浮かべている。ルイは「そうだな」とその腕を軽く叩き、歩き出した。


「オレの負けだ、付き合ってやるよ。アンタと一緒に──ここの騎士団で働いてやる」


※※※


「うーん。残念ですがぁ、お引き取りくださーい!」

 きゃぴきゃぴとした女の声に、ルイとシャルロットは固まった。

 通りかかった騎士にシャルロットが事情を説明し、案内されたのは「王立騎士団第七支部」と書かれた看板の前だった。


 まずルイが妙に感じたのは、騎士団は「第六支部」までしか存在しないはずであること。

 そして――受付として称して現れた茶髪の巻き髪女が、どう見ても騎士には見えないことだった。


「あの……私、こちらの支部長さんにお手紙をいただいて……」

「手紙ぃ? しりませーん! もうこちら、充分人手は足りてるのでぇ」

「でも……」


 おどおどとするシャルロットの背を、ルイがポンと軽く叩く。


「しっかりしろよ。手紙を見せてやれば良いだろうが」

「あ、それもそうですね! ルイさん賢いです」

 あわあわと、シャルロットが鞄から羊皮紙を取り出す。受付の女はそれを嫌そうな顔で受け取ると、そのまま思いきり「うげ」と声を上げた。


「…………仕方ありませんねー。確かに受け取りましたー。どうぞ中へお進みくださぁい」

「は、はあ……」

 呆気にとられながらも、シャルロットが建物の中へと進み行く――が、それについていこうとしたルイの背中を、例の受付女がぐいっと引いた。


「なんだよ今度はッ」

「あなたは呼ばれてないですよねー? それに――この第七支部は女性のみで構成される、新しい騎士団なんです。男性の方はお入りいただけませんのでぇ」

「は?」


 シャルロットの話を聞いたとき、女性を騎士団に編入することで、なにかしらこまごまとした雑用などをメインとした役割を担わすのかと。漠然とそんなことを思ってはいた。


 それが、女性だけで構成された騎士団を新たに作っている?


 武装による治安維持と武力行使を役割とする騎士団において、そんなものを作ろうとするお偉いがたの考えが、ルイにはまったく理解できなかった。


 だが、まずはそんなことは置いておくとして。ルイは思い切り、声を張り上げた。


「──オレはれっきとした女だバカ野郎ッ」

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悪のご令嬢さま、女騎士団を作るって本気ですか⁉︎ 綾坂キョウ @Ayasakakyo

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