1-3 王立騎士団本部にて

 騎士団。

 正確には、ロディオム国王立騎士団。

 国内の治安維持と国外に対する武力行使の役割を担う、公的武装組織だ。

 王立、というのは名前の通りで、当代の王によって設置され、王または第一王子が団長として指揮権を握るのが、慣例となっている。


「ええっと、この男がスリを働き……それを貴方たちで退治した、と」

 騎士団の詰所というものは、国内に散らばっており、街が大きければそれに応じて詰所の数も増える。

 王都にも全部で三箇所の詰所が存在しているはずだったが、ルイたちが今いるのは王城のすぐ隣に設置された、騎士団本部の建物だった。


「はい、おっしゃる通りです。ただ、最初に犯人から鞄を奪い返したのは、こちらにいらっしゃるルイさまになります」

 にっこりと微笑みながら説明するシャルロットの隣で、ルイは身をこわばらせながら椅子に座っていた。

「キミが?」

 話を聞いていた金髪の騎士が、眠そうな目を少しだけ見開きこちらを見つめた。やめてくれ、と心の中で思いながら、ルイは「はぁ」と視線を逸らす。


「すごかったのですよ! 身軽にぴょん、くるんっと宙で回って。いつの間にかおばあさんの鞄を手に持ってらっしゃって」

「へえ、軽業師みたいですね。もしかして、旅芸人さんかなにかだったり?」

「えあ、いや、べつに。仕事は、なにも」

 笑顔が引き攣る。もし騎士の前でなければ、「余計なことを言うな」とシャルロットの首を絞めているところだった。やったところで、片手で軽く振り払われて、終わりな気がするが。


 興味津々といったふうの男の視線を避けつつ、ルイは椅子の上で落ち着かなく身体を揺する。

(なんでオレがこんなところに……)

 ルイにとって、騎士団は鬼門だ。そこに勤める騎士たちは天敵。決して近づいてはいけないし、これまで避けてきた相手なのに。


「──じゃあ、ルイさま。参りましょうか」

「えっ? あ、ああ」

 別のことを考えている間に、話は終わったらしい。ちらりと騎士に目をやると、細い目をますます細めてにっこりと愛想笑いをされた。

(……さっさと出よ)

 そして、職探しをしなければ。


 そう、出口に向かって歩き出した途端、反対側へくいっと腕を引っ張られる。

「ルイさま。どちらへ行かれるんですか」

「は? いや、ほら。取り調べ──じゃなかった。参考聴取は終わったんだろ? オレはもう帰るから」

「帰るって、どちらへ?」

 言われて、ぐっと口を引き結ぶ。参考人として住所を訊かれた際に、「まだこの街に来たばかりだから」とごまかしたのをしっかり聞いていたらしい。


「ルイさま、おうちもお仕事もないのでしょう? ですから、私と一緒のところで働きましょうと先ほどお声かけしたら、『ああ、うん』と返事されていたじゃないですか」

 それはどう考えても、話を聞いてないが故の生返事だったが。迂闊なことをした自分を、ルイは引っ叩きたくなった。


「…………確かに、仕事も住む場所も探してるけど。聖職者になる気なんてさらさらねぇよ」

 まだすぐ近くに先ほどの騎士がいて、こちらに視線を向けているため、シャルロットに詰め寄ってボソボソと呟く。

 身を屈めてそれを聞いていた彼女は、ぱちんと両手を合わせて「まあ!」と笑った。


「ご心配なく! 私も聖職者を辞した身ですので」

「は? じゃあなんで修道服なんて」

「ちょうどいい大きさの服を、これしか持ってなくて」

 そう、シャルロットは恥ずかしそうに耳打ちしてきた。


「新しいお仕事場所に挨拶へ行くところで、あんなことになって……。でも私、ラッキーでした! 本当はとても緊張していたんです。それが、ルイさんのような方と出会えて、一緒に働けるなら──」

「……仕事って、なんだよ一体」

 元々聖職者であったこと自体は、真実なのだとしたら。それを辞めてまで就く新しい仕事とはなんなのか。

 職探しをしている身としては、気にはなり訊ねると、シャルロットは元気よく口を開いた。


「騎士団です! なんでも、新規人員を募集中ということで」

「帰る」

 今度こそ逃げようと、クルッと後ろを向く──ことすら許されなかった。ガシッと両肩をつかまれ、「待ってください!」とシャルロットが叫ぶ。


「騎士団、素晴らしいじゃないですか! 困っている人々を物理的に救う、気高いお仕事です!」

「あのなぁ、言いたいことはいろいろあるが……とりあえずあんた、女……だよな?」

 ふと不安になって疑問系になってしまったが、シャルロットは「はい!」とまた元気よく頷いた。

「じゃあダメだろ。騎士団はふうつ、男がやるもんだ。少なくとも、この国はそうだろ」

「で、でも。騎士団を取り仕切られる方から、ぜひ来てほしいと打診をいただいて……なんでも、内部改革を行なってる最中だとかで」

「じゃああんた、そりゃ聖職者として呼ばれたんだろうよ。死んだ騎士に経でもあげる役を常駐させることになったとかでさ」

 実際のところ、もっと下品な冗談が浮かばなかったわけでもないが、この育ちの良さそうな女に言うことでもないかと自重した。


「とにかく、オレは関係ない」

「で、でも。一緒に来ていただけると心強くて……」

「心強いって。あんたみたいにデカくて力が強けりゃ、一人でも充分百人力だろ」

 そう、笑って言った。その視線の先で。

 シャルロットの目が、悲しげに揺れるのを確かに見た。

「私、は……」

 ──かと思うと、ふっと笑顔を作り「そうですね!」と明るく言う。

「お恥ずかしいです、こんな大きな身体をしながら、なお初対面のルイさんに甘えるような真似……私ったら、似合もしないことを」

「い、いや。あのさ」

 言いかけて、ぐっと唇を噛んだ。


 ダメだ、これは。しくじってしまった。


 それから、はあと深いため息をついて、肩に置かれたままだった手を払った。

「あのさ。……ちょっと来てくれるか」

「え? は、はい」

 少しだけ戸惑った様子は見せつつも、シャルロットは大人しくルイのあとについてきた。


 一旦建物を出て、敷地の中にある小屋との細い隙間に入る。

 そこまで大人しくついてきたシャルロットが、「あの」と首を傾げた。


「ルイさま。どうして、こんな物陰へ……?」

「……他のヤツらには聞かれたくないから」

 周囲に騎士らがいないことを確認してから、ルイは息をつき──シャルロットに向き直った。


「あのさ、悪かったよ。あんたの見た目を茶化すようなこと言って」

「え? あ、いえ、そんな」

 シャルロットは微笑みながらパタパタと両手を振ったが、ルイはますますぐっと眉間に力を入れ、皺を寄せた。

 茶化して話題を変えたのは、これを内緒にするためだったのだが。それが結局、こうして打ち明ける引き金となってしまった。


「オレはさ。悪いけどあんたに付き合ってやることはできないんだ。だってオレは──盗賊だから」

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