二幕 イノセントマラカイト 序話 一つ上
九月も半ばを過ぎ、新学期にも慣れてきた頃合いだった。
いつものように家事をする俺に、話しかけてくるのは――
「とーう!」
「うおっ!? だから、瑠璃ちゃん先輩、料理中はやめてくれって飛びつくの!」
「えー、いいじゃーん。今日はなーに?」
「今日はうどんのあまり貰って来たんで、肉卵うどんとかしわ飯」
「わーい! 好きな奴だ!」
瑠璃ちゃん先輩は相変わらずだ。彼女がいようがいまいが、積極的なアプローチを敢行してくる。なんか、柔らかい太ももとか、腕が当たってちょっとドキドキする。ミルクっぽい匂いも、なんだか年上なのにいけない気分になってしまう。
彼女は降りて、牛乳を飲むようだった。その成果は虚しいが、続けることに意味はあると……思うには、少しアレだった。成長期、もう過ぎちゃったのか。
若干の寂寥感なども覚えつつ、俺は料理に集中する。
とはいえ、今回は簡単だ。貰って来た出汁を温め、大きな鍋に湯を沸かし、十分くらい麺を茹でて、盛りつけるだけ。肉は昨日の牛丼が残っていたし、卵も割って入れるだけだ。特に面白みもなく、恙なく料理は完成する。
全員がいつの間にか揃っていたので、椋鳥に配膳を手伝ってもらいつつ、食事だ。
うどんを啜っていると、瑠璃ちゃん先輩が話題を振ってきた。
「ねー、泰斗くん。そろそろ焼き芋の季節じゃない?」
「このくそ暑い中焼き芋とかトチ狂ってるでしょ……まあ九月は秋だけどさ」
暦の上では秋なのだが、最近残暑は苛烈を極める。さながら煉獄のような暑さに、思わずクーラーが入っている場所に逃げ込みたくなるものだ。
「いやいや、最近は冷たい焼き芋もあるんだよ!」
「へえ、そんなのあるのか……。今度調べるわ。蜜芋の方が美味しそうだな、それなら」
「うん! それとバニラアイスを添えてね! おいしそーだったんだー!」
「分かった、今度用意するっす」
「よろしく! ねー、ちょっと多かった。貰って?」
「はいはい……」
うどん麺を丼の中に移す瑠璃ちゃん先輩。彼女は外見相応に小食で、ちょっと心配になるくらいだったが、食料をリクエストするくらい食欲があるなら問題ない。
夏バテなのか、他の要因なのか。桜子は最近食わないからな。小春も、普通くらいにしか飯を食べていない。
無言を嫌った川蝉先輩が、「そういえば」と話題を変える。
「羽斗君は肉体労働好きでござるか?」
「ん、まぁ、割と? なんでっすか?」
「知り合いが引っ越すんだけど、その応援に男手がいるらしくて。頼めるでござるか?」
「いっすよ。バイトない時なら」
「頼もしいでござるな! 日曜日の午前中に二時間だけ貰うでござるよ」
「分かったっす。っと、俺ちょっと出かけてきます」
「どこへ?」
「ボディーガード」
それだけ言って、寮を出た。
歩いた先に待っていたのは、小柄な少女の姿。
可憐だが目立たず、しかし胸元はある。そんな女の子。
「百舌鳥ちゃん、まったか?」
「いえ、時間五分前ですね。では、お願いします」
「おう、百舌鳥ちゃんも絶対取れよ」
「頑張ります」
夜七時から行われるタイムセールだ。
百舌鳥ちゃんとはこういうおひとり様何個まで、の製品をお互いに確保し合う間柄。主夫仲間になっていた。
百舌鳥ちゃんも家の手伝いということでバイトをしているのだが、実家が新装開店のパン屋だそうなので、家に関わることなら色々節約したいのだとか。
「卵! 99円の卵、初めて買えました!」
「こっちは豚バラ100g76円のセール抑えたぞ! はい、百舌鳥ちゃんの分」
「ありがとうございます!」
お互いの戦利品を交換していく。
「にしても、驚きましたよ。恋人と別れたって。そして、桜子様を二度、振った。まぁ、あれはあの二人が悪いですけど。舐めてますもん」
「やっぱ百舌鳥ちゃんも賛同してくれたか」
「当然です。桜子様も大事ですが、わたしは泰斗さんのことも大事だから……」
「ありがと。でももういいんだ。ああいうことを持ちかけてくるようなやつを、俺は二度と好きにならない」
俺の決意が固いのを察したのか、百舌鳥ちゃんは苦笑していた。
「わたしとしては、桜子様とくっついてほしかったんですけどね」
「それも無理だな。あれに加担しようとしていたんだから、同情の余地なくアウトだ」
「まぁ、それもそうですけど……」
苦笑しつつ、彼女はこの店には置いてないパンの類を数個、俺の袋に入れてきた。
「何のパンだ?」
「ウチのパンなんです。食べて感想を聞かせてください」
「分かった。もらっとくわ」
「個人的にミックスベリーとクリームチーズのやつが美味しくて良かったと思います」
「おう。で、百舌鳥ちゃん、今日誕生日だったろ。はい、おめでとう」
「おおおお! バスボム! なんだか、あの泰斗くんがこういうのを贈るようになったんだなあって感慨深いですね」
「親かお前は。友達だろ」
「ですね。友達です!」
そう言った彼女の無垢な顔に笑みを返し、俺達はそれぞれの帰路を辿る。
まだ夏の暑さが存分に残るが、秋はくるのだろうか。
「あ、ちっす、目代先輩」
「よっ。今日はなに?」
「うどんっす。食べます?」
「んじゃくれ。具は?」
「肉卵。かしわ飯もあるっすよ」
「大盛り」
「了解っすー」
深夜、目代先輩が帰ってきたので夜食を仕立てた。
美味しそうに麺を啜る目代先輩を眺めながら、俺も貰ったパンを齧る。おお、ベリーの風味とクリームチーズのまろやかな味が調和してる。美味いな。パン屋、上手くいくと良いな。
「そのホットドッグ美味そうだな」
「食べます?」
「おう、くれ。朝飯にする」
「感想頼まれてるんで、後でケータイにお願いします」
「わかった……ってパン屋の知り合いなんかいんのか……意外と顔広いな」
「まぁ、ボチボチです」
肉うどんを平らげ、かしわ飯を食べている目代先輩が、ふと思い出したかのように言い放つ。
「んで、好きなやつとかできたか?」
「まだ振ったのを昨日の今日の気分ですよ。そう簡単に……」
「そうか。まぁ、頑張れ。応援してるぜ」
「どもっす」
今でも、考えると頭が重くなる。
二人と同時に付き合う。あってはならないことだ。俺のポリシーに反する。
けど、あそこで二人と一緒にいたらどうなっていたんだろう、という考えも時折よぎるが、抹消していた。タラレバなんてどうしようもない。
俺のやることは変わらない。家事一般をひたすらやるだけ。
そんな折、着信。
「うぃ、羽斗です」
『泰斗か。今すぐ男子寮に来てくれ、緊急事態なんだ!』
「え!? なんすか!? 何かあったんすか!?」
『とにかく、今すぐだ! 頼む……!』
通話が切れた。目代先輩が首を傾げる中、俺は慌てて準備して、原付でその場を後にした。
男子寮のドアをあけ放つと――
――パパン!
という炸裂音。
何かと思えば、クラッカーだ。そして、フライドチキンやらポテトやら、持ち帰りのファーストフードが並んで、さながらパーティーの様相だった。
「ちっす、泰斗! 失恋パーティー開いてやったぜ」
「……」
呆気に取られていたが、笹見が背中を押して俺を中に入れる。
先輩達が立ち並ぶ中、俺はグラスを持たされ、そこにコーラを注がれた。
「んじゃ、羽斗の失恋を半分祝って! んで、悲しみを吹っ飛ばすためにオールしようぜ! カンパイ!」
カンパーイ、とグラスを打ち鳴らす。
「……どもです」
「はっはっは! まー、ドンマイ、泰斗」
「お前ならすぐにまた新しい彼女に出会えるさ。そして僕にも紹介しろ」
「そーだぜ。おっまえ、これで彼女関係なくエロ本使えるようになったから何冊かもってけ」
「えー、西宮先輩の人妻ばっかじゃないっすかー」
「人妻はいいだろ、人妻は!」
「オレのコレクションも、いいぜ……!」
「いや、笹見。俺はまだその高みというか低みというか、到達できねーから」
馬鹿みたいに明るいその場所。
……男子寮か。やっぱ、いいな、こういうの。
誰も俺に気を遣わない。どころか、失礼極まりない感じだったが、彼らは彼らで、俺を心から慮っている。
感謝をしながら、俺はボードゲームやらテレビゲームに興じた。馬鹿みたいに騒いだら、なんかモヤモヤがどこかに行った気がして。
その日は、ぐっすり眠れたのだった。
オカン系男子高校生が、美少女な幼馴染二人と再会する話 鼈甲飴雨 @Bekkou
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