第4話
「そういえばさ、あの時のこと、覚えている?」
なんて切り出して、私達はまたありふれた会話を続ける。さっき見たものはなかったかのように、そこに触れてしまわないように、そっと昔の話を掘り起こす。
そうしているうちに、明かりのついていない駅にたどり着いた。
「このまま線路沿いに東だからこっちだよね」
と、遠くを指差す遥輝の腕を引っ張って駅舎の中に入る。
「もう電車なんて通らないよ。このまま線路の上をいこうよ」
人のいない改札を通り抜けるのは、なんだかいけないことをしているみたいで、ちょっぴりワクワクする。真っ暗な駅舎の中はヒューヒューと風が音を立てて入り込んでくるから、お化け屋敷のようだ。
「肝試しに来たわけじゃないんでしょ」
あっちこっち見て行こうとする私とは逆に、遥輝はまっすぐにホームへ向かった。その後をついて私も進む。
ホームからぴょんと遥輝の手を借りて飛び降りる。先に続く真っ直ぐなレールが海に続いているのだと感じると、走り出したい気持ちになる。大きく息を吸うと、青い草の匂いに混じって錆びた鉄の匂いがした。
等間隔に並べられた枕木の間に陣取っている膝丈くらいまで伸びた雑草を、ドカドカと踏み潰しながら、東へと道を作って進んでいく。
「電車に乗ったのっていつが最後だっけ」
「ええっと、遥輝と隣の駅までラーメン食べにいったときじゃないかな」
「ああ、あれが最後か」
と、どこか寂しそうな眼差しで遥輝はい言う。
「もう、随分昔のことみたい」
「一年くらい前だよね。あの時から、なんだかどんどん色んなものが変わっていったもの」
テレビに映るものが変わって、食べるものも変わった。スマホを使わなくなって、インターネットも見なくなった。生活の基準だって変わったし、外に出るような機会がなくなったのも大きな変化だ。
広かった世界が、身の回りだけで完結するような小さな世界になった。
仕方のないことだったけれど、それは時に辛く感じることも、寂しく感じることもあった。何かに取り残されているような焦燥感と、何もなくなってしまった喪失感の波が交互に押し寄せてくる日々が続いていた。
「俺は、さ。この一年、辛いことばかりだったけれど、美穂と一緒に過ごせてよかったって思っているんだ。だってさ、俺一人じゃ、きっと何もできなかったと思う。美穂が一緒にいてくれて、毎日、いろんなこと話して、一緒にご飯食べて、寝て。特別なことのない普通の日なのに、一日中美穂と一緒にいるだけで胸の奥が温かいものでいっぱいになるような……幸せな気持ちになれたんだ」
ずっと家の中でひっそりと暮らしていた一年を思い返して、目頭が熱くなる。
「だからさ、ありがとう。こんな俺と最後まで一緒にいてくれて、ありがとう」
声に湿り気が混じらないように、ありったけの元気を使って私は言う。
「あたりまえじゃない。だって、私は遥輝の彼女でいられるだけで、それだけで幸せなんだよ」
雨なんて降っていないのに頬が濡れる。
「ありがと。私の彼氏になってくれて、私のこと好きになってくれて、ありがとう」
深く息を吸うと、ツンとした磯の香りがした。
海はもうすぐだ。
海へ続く道 天野蒼空 @soranoiro-777
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