しあわせ の かたち

ひよこもち

しあわせ の かたち

 


 

 ―― みんな よろこんで、


    いつまでも しあわせに

   

    くらしたのでした。――


 


 さいごのページのいちばん端っこの『おしまい』まで読み上げて、兄弟はパタンと絵本を閉じました。


 ねえ、と弟がお兄さんにたずねました。

 


「シアワセって、なあに?」



 お兄さんは、ちょっと困ってしまいました。

 地下壕の外では、銃声がしています。

 なにかが爆発する音も、だれかの悲鳴も、すっかり聞き慣れた日常の一部です。


 うす汚れた毛布にくるまって、寄りそって座っている小さなふたりの足元で、ランタンが青白く光っています。

 エネルギーコイル式の、とんでもなく旧型の反磁力発光燈ランタンです。

 芯棒クォーツのまわりを青白い粒子がフワフワただよっていますが、その光は不安定で、今にも消えてしまいそうです。


 弟は、外の世界を知りません。


 管がつながったまま、ヒューマン生成プラントの床に転がっていました。

 培養水槽は粉々で、床にガラスが飛び散っていました。

 


―― これは、命への冒涜である!

―― 我々は、解放軍だ!

 


 押し寄せてきた大人たちは、口々にそう叫びました。

 いっせいに銃口をむけて中枢ステーションと環境維持装置オムニスフィアを爆破し、エネルギー供給パイプを断裂させ、生まれるまえの子どもたちを培養水槽から無理やり引きずり出しました。

 あちこちでシステムがダウンして、停電が起こりました。完璧な環境管理に慣れきっていた芝生も街路樹も、どんどん枯れていきました。崩れた遮断壁から流れこんでくる未濾過の外気のせいで、病気になる住人がたくさん出ました。おなじ養育施設ネストで育った仲間たちはどこへ逃げたのか、生きているのか、もうわかりません。

 


 お兄さんは、弟から目をそらしました。


 床の鞄に手をのばして、保存チューブを一本、取り出しました。

 色あせたオレンジのラベルに「完全合成リキッド食・本物のトマト風味」と書いてあります。倉庫を隅から隅まであさって、ようやく見つけた食料の、最後の一本でした。


 栓をぬいて、ひとつしかないマグカップに注ぎます。オートヒーター機能が壊れかけているせいで、湯気はほとんど立ちません。

 弟の小さすぎる歪んだ手に、マグカップを渡しました。


 ふたりでわけあって、ひと口ずつ、ぬるいスープをすすりました。



「あったかいね」

「ちょっと、すっぱいけどな」

「きょうだいで、よかったね。ふたりだから、さみしくないもんね」



 銃声が激しくなってきました。

 眠たそうに笑っている弟を守るように、小さな手を、ぎゅっと握り返しました。

 

 


 

 




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しあわせ の かたち ひよこもち @oh_mochi

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