ヒカリを、見にいこう

ひよこもち

ヒカリを、見にいこう


 

 ピピは、人魚の子どもです。

 海のずっとずっと深く、陽の光のとどかない、まっ暗な谷底に住んでいます。

 昔は人魚たちも、浅瀬の明るい海に住んでいたのです。けれど、陸の兄弟たちは乱暴で、ひっきりなしに戦争をしていますから、彼らのすむ地上はとうとう毒まみれになり、その毒は海まで流れこんで、人魚たちも浅い海を捨てねばならなくなったのです。


 ピピは目をさますと、巣穴からそっと顔をだしました。

 するりと岩の割れ目をぬけて、泳ぎだしました。

 ピピがたてる小さな波におどろいて、プランクトンたちが星屑のように光っています。そのまたたきに、薄っぺらいナイフのような小魚たちが食いつきます。その小魚を、猛毒の腕でクラゲがからめとります。そのクラゲを、影のようにしのびよった大魚が丸呑みにします。


 ピピは、この谷底で生まれました。

 わずかな光があれば、暗闇のむこうまで見通せます。プランクトンの光がまぶしいくらいです。尾びれを蹴って、しずかに泳いでいきます。上をめざして泳いでいきます。



 やがて、ふしぎなほど明るい光が見えてきました。

 ここはまだ、深い深い、海の底です。陽の光はとどかないはずです。

 けれど巨大なサンゴに守られたその街だけは、海のうえの世界のように、まばゆくかがやいているのです。


 人魚のすむ都です。


 冷たく暗い海の底で、あの場所だけは光に満ちています。

 海藻がたくさん生えます。生きものもたくさんいます。

 けれどあの街に住めるのは、ひと握りの強い人魚たちだけです。弱い人魚たちは、海の底のさらに深い谷底に、みじめな巣穴を見つけるしかありません。


 サンゴの壁のむこうから、門番がピピをにらみました。

 するどい銛の先が光りました。

 ピピは街に近づきすぎないよう、距離をとって泳いでいきます。


 

 街の光はやがて、闇の底に見えなくなりました。

 ピピは尾びれをとめません。

 首からさげたポシェットがピピのおなかで跳ねています。ポシェットには、小さな貝殻がひとつ、入っています。青く光る、ふしぎな貝殻です。きのう、巣穴の入り口で見つけました。

 貝殻を拾いあげたとたん、歌が、胸いっぱいにあふれてきました。

 古い歌です。

 どこで聞いたのか覚えていません。明るい海と、その上にひろがる海面をうたっています。海面は青色をしているらしいのです。この貝殻と、おなじ色です。


 巣穴の奥で、ピピは一晩中、貝殻をながめていました。

 そうして、決めました。

 海面を目指すことを。

 光を、見にいくのです。


 

 小さな尾びれで、ピピは泳ぎつづけます。

 ピピの腕はやせ細って、胸には骨が浮いています。尾びれはくすんで、ウロコがあちこち剥げ落ちています。もうずっと食事をしていません。お腹いっぱい食べたことが、生まれてから一度もありません。

 海面を見てどうするのか、ピピにはわかりません。ただ、見てみたいのです。人魚たちがしあわせに暮らしていた浅瀬の光を。その光のなかを、ただ泳いでみたいのです。



 気の遠くなる闇を、ピピは上だけを見て泳いでいきます。



 どれだけ泳ぎつづけたのでしょう。

 はるか頭上に、とうとう、ほのかな光が見えてきました。


 ピピの尾びれは、もうボロボロです。

 ひと蹴りするごとに、ズキン、ズキンと、はげしく痛みます。やぶれたヒレの隙間から、水がたくさん逃げていきます。

 それでもピピは、懸命に尾びれを動かしました。


 きらきらかがやく水面が

 すこしずつ、すこしずつ、近づいてきます。


 ふるえる胸から、歌があふれだしてきます。

 争いを知らなかった頃の人魚たちの、のんきでしあわせな、愛の歌です。


 明るい青い光が

 ぐんぐん、ぐんぐん

 近づいてきます。


 嬉しくて、しかたありませんでした。

 それは陸の毒で濁りきった光でしたが、暗闇しか知らないピピの目には、突き刺さるほど、まぶしく見えたのです。









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ヒカリを、見にいこう ひよこもち @oh_mochi

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