木枯らし

ひよこもち

木枯らし


  

 凍えるほど寒い、晩秋の朝。

 スズメが一羽、目を覚ましました。

 仲間たちはまだ、おなじ庭木の枝にぎゅうぎゅう集まって、ぐっすり眠っています。けれどこのスズメだけは、朝焼けの空から冷たい風がビュービュー吹いてくるのに気づくと、あわてて飛びあがりました。


 スズメが向かったのは、道端の掲示板です。

 掲示板には、すこし色あせたポスターがまばらに貼られています。その中の一枚に、会いにいったのです。

 黒いインクで刷られた、貼り紙です。

 なにが書いてあるのか、スズメにはわかりません。


 

――ボクにも、わからないよ。


 首をかしげて覗きこんでいたスズメに、貼り紙が答えました。

 

――どんな役目があるのか。なぜここに貼られたのか。考えていたこともあったよ、ボクは、貼り紙なのかもって。けど、貼られちゃったから、ここにいる。それだけだった、けっきょくのところ。

 

 さみしそうな声でした。

 よく見ると、他より地味でみすぼらしい感じがします。

 カラフルなポスターのなかで、この一枚だけ、黒一色だからかもしれません。

 四隅をとめるはずの画鋲も、なぜか三つしかありません。左上がいつもヒラヒラ垂れています。

 自分みたいだと、スズメは思いました。

 スズメも、左の羽がすこし短いのです。ヒナのときにケガをして、左側だけうまく育たなかったのです。

 きのうの夕方も、スズメはこの貼り紙に会いに行きました。

 明日はきっといい風が吹く、そう、渡り鳥たちが話していたからです。


 かまわないさ、と貼り紙が笑いました。

 ケロッとした笑い方でした。胸がざわざわしました。

 

――ボクはむしろ、吹き飛ばされてしまいたい。貼られたから、貼りついていただけ。本当に、それだけ。明日になったら、きっとこの掲示板も、スッキリするだろうさ。

 



 明け方の空を、スズメは必死に飛びました。

 強風にあおられて、左の羽がうまく動きません。ちっとも前に進んでいる気がしません。それでもがむしゃらに羽ばたきました。

 

 スズメが掲示板にたどり着いたのは、すっかり陽がのぼった後でした。

 朝日に照らされた掲示板には、見慣れない空間が空いています。ひとつだけ残った画鋲に、ちいさな切れ端がヒラヒラしています。黒い印刷のなごりが、ほんのすこし付いています。


 ビュービュー、風が吹いています。

 道ゆく人間たちも、散歩中の犬も、ゴミ箱をねらうカラスたちも、強い風にちょっと顔をしかめながら、いつもどおりの朝を過ごしています。


 ぽっかりあいた穴に気づいて、涙を一粒こぼしたのは、小さなスズメだけでした。

 

 

 

 

 




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木枯らし ひよこもち @oh_mochi

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