第8話 レベルアップ症候群

 作業後、草刈り機の掃除をしていると正美ちゃんが近づいてきた。


「志摩君、お疲れ様です」

「お疲れっす!」

「あの、ちょっと聞いていいですか?」

「なんすか?」

「うーんと。志摩くんさ。さっき草刈り作業中にどこか出かけました?」

「え? えっと……」

「やっぱり、途中抜けてました? いや私も全然気が付かなくて、でも何かいなかったような気がしましてね」


 正美ちゃんは笑いながらそう言うが、なんとなく目が笑っていない。

 やっべ。サボっていたと思われてる?


「あのう……。なんか、俺もよくわかんないんすよ。正美ちゃん、例えばあの雑草の汁に幻覚作用ってあったりします?」

「幻覚作用? うーん聞いたこと無いですねえ。どういうことかな?」

「その、なんか作業してたら、変な声が聞こえて、で、トンネルに落ちて、そのトンネル抜けて、そしたら見たこともないところにいて……。なんかでっかい虎に襲われた……って俺やっぱりおかしなこと言ってますよね?」


 俺がさっき体験したことを、大雑把に話してみた。それを聞いた正美ちゃんは意味が分からないと言った表情で、明らかに困惑している。


「えーと……。トンネル? 虎? うーん。ちょっとよくわからないけど、幻覚作用かぁ。もしかしたらそう言う草も生えていたのかもしれませんね……。ちょっと調べてみるよ」

「……やっぱり俺、どこかに行ってたんすか?」

「うーんどうだろう。作業中に誰か居なくなれば必ず気がつくと思うんだよね、僕も気が付いたわけじゃないんだよ。ちょっと違和感感じただけで」

「そう、ですよね」

「ま、草の幻覚作用とか僕の方で調べてみるから、志摩君はこの事皆には内緒にしておいてくださいね」

「あざっす。やっぱ内緒にした方が良いっすかね」

「幻覚作用のある草なんかが生えてるって成れば、皆不安になっちゃうかもしれないですからね」

「あー。そうっすね。了解っす」

「あ、それと……」

「はい?」


 話が終わったかと思ったが、正美ちゃんが少し言いにくそうに続ける。


「志摩君は……。その、なんか法に反するような薬とかは……」

「やってません!」

「う、うん。そうですよね。うん。わかった」


 正美ちゃんはそれをいうと事務所の方に戻っていった。


 ――なんだ、意外とちゃんと班長してるじゃん。


 俺はそれを見送りながら、なかなかに偉そうな感想を抱いていた。



 ……。


 草刈りをした後は、皆事務所で着替える。作業着に付いた草の汁は一見べっとりと血糊が付いたようにも見える。そんな姿で校内を歩けば、学生や教師に不快な気分をさせてしまうということだ。


 学生や教師の為に雑草を刈っているのに、学生達に不快な気持ちにさせないようにって、なんやねん、と何度も突っ込みそうになったが、そろそろ慣れてきている。ここの有資格者連中は基本そういうのが揃ってる。


 良くない傾向だ。


 ちなみに、体にも付いたりした時のために、事務所にはシャワーまで付いている。


 ――それにしてもなんか臭いな。


 あの時の獣の血が、服に染み付いて体にまで振れているような気がして、俺は服を脱ぐとシャワーを浴びることにした。身も心も清めたい気分だ。


「お、白井先輩もシャワーを?」

「おう。汗もかいたしな。お前もか?」

「はい、なんか汁が飛んじゃって」

「ちょうどいいや。その後シャンプーの補充をしておいてくれ」

「了解っす」


 シャワー室は割と使う人が多い。そんな広くは無いが3つの小さなシャワーのブースが並んでいる。そのうちの一つは他の先輩が使っているようだったので、もう一つを白井に譲って俺は隅っこのブースに入る。


 そのブースはシャワーカーテンのレールが曲がっているのか少し閉まりにくい。だから避ける先輩が多いんだが。ま、お互いに大人だし、覗くような事は無いが気分の問題なのだろう。


 俺がシャワーブースに入りカーテンを引くが、やはり引っかかる。 少し強く……。と思った瞬間、カーテンがブチブチと外れる。


「へ?」


 外れてしまったシャワーカーテンを持ったまま、コロコロと足元に転がるカーテンのランナーを見つめながら途方にくれる。


 やべ……。


 えーっと……。


 ま、いいか。


 俺はそのままフルオープンのまま、シャワーの方を向き、蛇口のハンドルを捻り上げる。その瞬間にバギッと嫌な音がして、ハンドルが取れてしまう。


「へっ?」


 慌てて戻そうとするが、ハンドルの留め金が外れてしまっていた。


 やべ……。


 えっと……。


 ま、いいか。シャワーは出てるし、体洗ってから考えるか。


 シャワーを浴びながらふと考える。俺としたことが、立て続けに連続でミスをしてしまった。全く持って俺らしくない。


 ……でも、こういうのって何かで読んだなあと。


 脳裏に一つの仮説が紡がれる。


 有資格者達が初めてダンジョンに入り、モンスターを狩ることで少しづつ体の身体能力が上がっていく。その中で最初は割と一気に上がりやすいらしく。そんな感じで一気にそれが上がったときに、力のコントロールが出来ずこういった事が起こるとか。いわゆるレベルアップ症候群だ。


 今のシャワーカーテンも、シャワーのハンドルも、本当に元々壊れていただけなのだろうか。なんか違う気がする。


 もしかしてダンジョン産の雑草で早速?


 ……って、違うよな。無資格者は、ダンジョンでのレベルアップ効果が少ないという。その上でモンスターより経験値効果が少ないダンジョン産の雑草ごときでこんな事は起こり得ない。


 もし本当にレベルアップ症候群であるなら、どう考えてもあの虎を草刈り機で殺したのが原因に思える。


 あの時、俺とうさ耳がめまいを感じて吐いたのって、やはりレベルアップ的な?


 点と点がつながっていく。


 確かにあそこが異世界なら別のシステムで俺の天才性がマシマシになってもおかしくない。イケメンマシマシ、天才マシマシってやつだ。


「あれ? カーテン壊れたのか?」


 その時、シャワーを浴び終わり出ていこうとした白井が、俺のブースのカーテンが外れてるのを見て聞いてくる。


「あ、はい。後で直しておきますっ」


 俺は慌てて返事をする。シャワーハンドルは取れやすくはなってしまっているが、嵌めておけば一応お湯の出し止めは出来そうだから問題ないだろう。

 元々このブースは使う人も少ないしな。


「ん? お前そのタトゥー……」

「あ、いや。これタトゥーじゃなくてですね。いや。タトゥーなのかも知れないんですが、なんか子供の頃魔除けとかで掘られちゃったみたいで……」

「魔除け?」


 そう。俺の背中には子供の頃に掘られた拳大の小さなタトゥーが入ってる。別にカッコつけようとかそういうのじゃなく、何でも親父が志摩家のお守りだと、子供の頃に無理やり入れられたのだ。


 現に兄貴にも全く同じ魔除けが掘られている。


 白井は不思議そうに俺の背中を見ていたが、すぐに「ちゃんと直しておけよ」と声をかけてシャワー室から出ていった。


 シャワーを浴び終わった俺は、カーテンレールを直しながら、さすがにこれが本当にレベルアップによるものなら、まだ隠しておいたほうが良いかもと考えていた。


 ……。


 この国では、基本的に有資格者しかダンジョン探索者の資格が与えられない。これはある意味特権的なものでもあるのだが、ここらへんが有資格者と無資格者が区別されているところである。


 有資格者が現れ、その存在が増え始めたとき、無資格者達はそれを恐れた。


 当然の話だ。


 暴力など力による支配というのは前時代的なものとして否定されるものではあるのだが、実際にダンジョンでレベルを上げて、超人的な力を手に入れた有資格者達が手を組んで国を支配しようとしたら、おそらく成功してしまう。


 そういった事を恐れた無資格者達が行ったことは、有資格者達にダンジョン探索から得られる富と共に、甘い汁を与え、現状に満足させる事だった。


 そのうえで、一定の権利を剥奪する。


 日本では、有資格者の判定を受けた人間はその時点で政治家として立候補する権利を失う。もちろん選挙権はそのまま残っている。

 有資格者の台頭を恐れた無資格者の老人たちは、そうやって政治に有資格者をかかわらせないようにした。


 憲法違反だと騒ぐ者も当然居た。


 だが、一部の途上国で有資格者による独裁政権が誕生したりする現状を目の当たりにして、多くのものは口を閉ざした。


 そして政治家に成りたいと望む人間は驚くほど少ない。大抵の有資格者達はダンジョン探索をほぼ独占し、無資格者が得られないような富を得られるのであれば、それに不満を持つ人間も少ないというわけだ。


 ……。


 俺はどっちになるんだ?


 中学に入学する時に国民は全員が資格確認検査を受ける必要がある。俺はそこで『無資格者』として認定されている。これは一生涯ずっと有効な認定となる。

 当然ダンジョン探索者には成れない。


 探索者協会の管轄下にない、無資格者でも入れるような低級なダンジョンで生計を立てれるかと言えば無理だろう。


 俺はとても意味のないレベルアップを成し遂げたのかもしれない。

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